夕顔の帖 十 ゲンジの君、夕顔の亡骸と対面する

(現代語訳)
 日が落ちてからコレミツが二条院に来た。かくかくしかじかの触穢があると説明してあり、来る人も庭先で立ったまま用事を済まし、人気が少ない。ゲンジの君はコレミツを呼んで、

 「どうだった? 手遅れだったのか?」

と言ったまま袖を顔に押し当てて泣き出した。コレミツも貰い泣きして、

 「すでに息を引き取っていらっしゃいました。いつまでも亡骸を安置するわけにはいきません。明日が日取りですので、葬儀の段取りを知り合いの高僧にお願いしてあります」

と答える。ゲンジの君が「付き添いの女は?」と聞いた。

 「その人も、生きているのが嫌だと……。後を追うと取り乱していまして、今朝は谷に身投げしようとしておりました。『五条の家に知らせます』と言うので、『落ち着いてから事情を説明しなさい』と言い聞かせてあります」

コレミツの報告に、ゲンジの君は悲しみが増して、

 「私も体調が優れないので、そろそろ死ぬかも知れない」

などと衰弱しているのであった。コレミツは、

 「何を言い出すんですか。そういう考え方は良くありません。全ては運命に委ねられているのですよ。誰にも知られないように、このコレミツの面子にかけても全てを解決いたします」

と励ますのだった。ゲンジの君も、

 「そうだな。そう思うけど、私の女たらしが人の命を奪ったのだ。世間の糾弾が怖い。お前の妹の少将命婦にだって内緒にしてくれ。尼君にはなおさらだぞ。浮ついた話にはうるさい人だから、これが知れたら顔向けができない……」

と釘を刺す。

 「他の法師たちにも、適当な話をして誤魔化してあります」

とコレミツが言ったので、ゲンジの君は安心した。この密談を盗み聞きした女官などは、

 「なにか変ね。触穢だと言って後宮にも参内なさらないし、こここそ秘密会議をしてため息ばかり」

と不思議そうに疑っている。

 「葬儀は人事を尽くせ」

とゲンジの君が儀礼を伝えるのだが、コレミツが、

 「そういう重々しいものは良くないでしょう」

と言って立ち上がる。ゲンジの君には、それが悲しくて仕方なく、

 「お前は駄目だと言うだろうが、私はもう一度、あの人の亡骸と対面したいのだ。馬で向かうぞ」

と駄々をこねた。コレミツは節度がないと思いながらも、

 「そこまでお考えでしたら仕方がありません。早くお出かけになって、夜更け前にはお帰りください」

と折れた。ゲンジの君は、夕顔の元へ通うために仕立てた、変装用の狩衣に着替えて出発する。

 ゲンジの君は、目の前が真っ暗で辛抱できないので、こんな危険な道を行くのだが、危険な目に遭うのは懲り懲りだった。どうしようかと迷ったが、悲しみのやり場が他にもなく、「夕顔の亡骸を現世で見ておかなければ、次の世界で巡り会うこともできない」という思いが強くあって、五条の家に忍んだのと同じように、コレミツと家来を連れて出かける。その道のりが果てしなく感じられた。

 立ち待ちの月が昇る頃、賀茂の河原を下る。前を行く家来の灯す火が頼りなく、鳥辺野の葬地を見れば不気味だが、ゲンジの君は無反応だった。悲しみに動転しながら到着した。寒気がするような場所に、板葺きの家があり、隣に堂を建て尼が勤行している。とても寂寞とした場所なのである。仏に供えた灯りが隙間から、微かにこぼれている。建物からは女が一人、泣く声だけが聞こえ、外からは、二、三人の僧侶が、何かを話し、小声で念仏を唱えている。近くの寺々の夕方の勤行も終わって、静まりかえっている。清水の方角だけに、灯りが多く見えて、人々が往来していた。尼君の息子の高僧がしめやかな声で経を読んでいるので、ゲンジの君は涙の限り泣けそうな気がして仕方がない。中に入ると、灯りを亡骸から遠ざけて、右近が屏風の向こうで泣き伏している。ゲンジの君は「どんなにやりきれないことだろう」と胸を詰まらせた。夕顔の亡骸は気味悪くもなく、可愛らしいままで、まだ生きているようだった。ゲンジの君は、手を取って、

 「私にもう一度、声だけでも聞かせてくれないか。前世でどんな契りを交わしたのか、短い時間に、私の心の全てを捧げて愛したというのに。あなたは私を捨て残して、こんな思いをさせるなんて、あんまりです」

と辺り構わずひたすら泣いた。僧侶達も、誰とは知らないまま、深い愛情があるのだろうと、みな貰い泣きした。

 ゲンジの君は、右近に、

 「さあ、私と一緒に二条院へ行きましょう」

と言うのだが、右近は、

 「ずっと昔の子供の頃から、いつも一緒だった人と急に別れることになったのです。私にはもう、帰る場所がありません。みんなに何て報告したらいいのかわかりません。主人を亡くした悲しみだけじゃなく、みんなから後ろ指を指されるのも辛いのです」

と泣きじゃくり、「一緒に煙になって消えてしまいたい」と言う始末だった。

 「お前の気持ちもわかるが、人の死はどうにもならない。悲しくない別れなんてないんだよ。先に死ぬか、残されるか、それは寿命で決まっているんだ。冷静になって私を信じてくれ」

と言ったそばから、ゲンジの君は、

 「こんなことを言っている私まで、生きていく自信がない」

と弱気になるのだった。コレミツが、

 「夜が明けてしまいます。早く帰ってください」

と言うので、ゲンジの君は何度も振り返り、胸を詰まらせながら二条院に向かった。道が、いっぱいの露で濡れ、強い朝霧で視界が閉ざされて、自分が地球のどこを彷徨っているのかわからなかった。生きているかのように安置されていた夕顔の亡骸、一緒にくるまって眠った自分の紅色の衣が着せられていたことを道中に思い出し、前世にどんな縁があったのか思いを巡らせた。ゲンジの君は馬に乗ることもできない様子なので、コレミツが介抱しながら先を急いだ。賀茂の土手を通り過ぎる頃、ゲンジの君は馬から滑り落ちて、狼狽したまま、

 「こんな道ばたで野垂れ死ぬのかもしれない。二条院まで持ちそうもない」

と言った。コレミツもパニックを起こし、「自分がもっと大人だったら、ゲンジの君の我が儘も突っぱねて、こんな道を連れ歩いたりしなかった。何を言っても、あんな所へ連れて行くべきではなかった」と思えば泣けてきた。川の水で手を洗い、清水観音の方角を拝み、途方に暮れた。ゲンジの君は無理にでも気持ちを切りかえて、心に仏を念じ、コレミツたちに助けられて、やっとのことで二条院へ帰った。

 ゲンジの君が不振な夜歩きをしているので、女官達は、

 「見苦しいことをしていらっしゃる。最近はせわしなく夜歩きをしているけれども、昨夜はあんなに顔色が悪かったのに。そうまでして出歩くなんて狂ってる」

と歎き合うのだった。

 ゲンジの君の体調は悪化した。とても苦しがって、二、三日後には憔悴していた。ミカドがそれを知り、心配したことは計り知れない。各地で祈祷が催された。祭、お祓い、加持祈祷など、あらん限りなのだった。美人薄命とはこのことかと、この国の人々は噂し、心配した。

 ゲンジの君は、病苦に悩まされる間にも、右近を二条院に呼んだ。自分に近い部屋を与えて、身の回りの世話をする女官にした。コレミツはゲンジの君の病に気が動転しながらも、じっとこらえて、頼りなさそうにしている右近を助けて仕えさせた。ゲンジの君の様態が少しでも良いときは、右近を呼び出して身の回りの世話をさせたので、暫くすると右近もこの生活に慣れた。真っ黒な喪服を着た右近は、大した美貌もなかったが、端から見ればまずまずの若い女官なのだった。

 「短かったが、不思議な関係だった。私もこのまま生きていられないような気がする。あなたは、長く頼りにした主人を亡くしたのだからさみしいだろう。私が生き長らえたら、あなたの面倒をいろいろとみてあげたいのだけど、そろそろ後を追っていくのだから、お前には悪いことをした」

とゲンジの君が小声で言って消え入りそうに泣くので、右近は夕顔のことは忘れて、ゲンジの君の境遇をどこまでも残念に思うだった。

 二条院の人たちは、宙ぶらりんになって戸惑っていた。後宮の使者は雨脚よりも激しくやってきた。ミカドが心痛が尋常ではないことを聞き、ゲンジの君はもったいないと思い、努めて気丈を装った。左大臣家も献身した。左大臣が毎日、ゲンジの君を見舞い、まめまめしく病人の世話をしたので効き目があったのだろうか、二十日以上も重病で寝込んでいた後遺症もなく、ゲンジの君はだんだんと快方に向かった。

 三十日間の触穢の謹慎が明ける夜に、ゲンジの君は病から立ち直った。ミカドが心配しているだろうと、気が気でなく、ゲンジの君は後宮の宿直所に向かった。左大臣が自分の車で迎えに来て、病後のことやなにやらとうるさく監視下に置いた。ゲンジの君は虚脱状態で、しばらくの間は、パラレルワールドに生まれ変わったような気さえした。


(原文)
 日暮れて惟光参れり。かかる穢らひありとのたまひて、参る人々もみな立ちながらまかづれば、人しげからず。召し寄せて、

 「いかにぞ、いまはと見はてつや」

とのたまふままに、袖を御顔に押し当てて泣きたまふ。惟光も泣く泣く、

 「今は限りにこそはものしたまふめれ。長々と籠りはべらんも便なきを、明日なん日よろしくはべれば、とかくの事、いと尊き老僧のあひ知りてはべるに、言ひ語らひつけはべりぬる」

と聞こゆ。「添ひたりつる女はいかに」と、のたまヘば、

 「それなんまたえ生くまじくはべるめる。我も後れじとまどひはべりて、今朝は谷に落ち入りぬとなん見たまヘつる。『かの古里人に告げやらん』と申せど、『しばし思ひしづめよ、事のさま思ひめぐらして』となん、こしらヘおきはべりつる」

と語りきこゆるままに、いといみじと思して、

 「我もいと心地なやましく、いかなるべきにかとなんおぼゆる」

とのたまふ。

 「何か、さらに思ほしものせさせたまふ。さるべきにこそよろづのことはべらめ。人にも漏らさじと思うたまふれば、惟光下り立ちてよろづはものしはべる」

など申す。

 「さかし、さみな思ひなせど、浮びたる心のすさびに人をいたづらになしつるかごと負ひぬべきが、いとからきなり。少将命婦などにも聞かすな。尼君ましてかやうのことなど諌めらるるを、心恥づかしくなんおぼゆべき」

と、口がためたまふ。

 「さらぬ法師ばらなどにも、みな言ひなすさまことにはべる」

と聞こゆるにぞ、かかりたまヘる。ほの聞く女房など、

 「あやしく、何ごとならん。穢らひのよしのたまひて、内裏にも参りたまはず、またかくささめき嘆きたまふ」

と、ほのぼのあやしがる。

 「さらに事なくしなせ」

と、そのほどの作法のたまヘど、

 「何か、ことごとしくすべきにもはべらず」

とて立つが、いと悲しく思さるれば、

 「便なしと思ふべけれど、いま一たびかの亡骸を見ざらむがいといぶせかるべきを、馬にてものせん」

とのたまふを、いとたいだいしきこととは思ヘど、

 「さ思されんはいかがせむ。はやおはしまして、夜更けぬさきに帰らせおはしませ」

と申せば、このごろの御やつれにまうけたまへる狩の御装束着かヘなどして出でたまふ。

 御心地かきくらし、いみじくたヘがたければ、かくあやしき道に出で立ちても、危ふかりし物懲りに、いかにせんと思しわづらヘど、なほ悲しさのやる方なく、ただ今の骸を見では、またいつの世にかありし容貌をも見む、と思し念じて、例の大夫随身を具して出でたまふ。道遠くおぼゆ。

 十七日の月さし出でて、河原のほど、御前駆の火もほのかなるに、鳥辺野の方など見やりたるほどなど、ものむつかしきも何ともおぼえたまはず、かき乱る心地したまひて、おはし着きぬ。あたりさヘすごきに、板屋のかたはらに堂建てて行ヘる尼の住まひ、いとあはれなり。御燈明の影ほのかに透きて見ゆ。その屋には、女ひとり泣く声のみして、外の方に法師ばらの二三人物語しつつ、わざとの声立てぬ念仏ぞする。寺々の初夜もみな行ひはてて、いとしめやかなり。清水の方ぞ光多く見え、人のけはひもしげかりける。この尼君の子なる大徳の、声尊くて経うち読みたるに、涙の残りなく思さる。入りたまへれば、灯取り背けて、右近は屏風隔てて臥したり。いかにわびしからんと見たまふ。恐ろしきけもおぼえず、いとらうたげなるさまして、まだいささか変りたるところなし。手をとらヘて、

 「我にいま一度声をだに聞かせたまヘ。いかなる昔の契りにかありけん、しばしのほどに心を尽くしてあはれに思ほえしを、うち棄ててまどはしたまふがいみじきこと」

と、声も惜しまず泣きたまふこと限りなし。大徳たちも、誰とは知らぬに、あやしと思ひてみな涙落しけり。

 右近を、

 「いざ二条院へ」

と、のたまヘど、

 「年ごろ幼くはべりしより片時たち離れたてまつらず馴れきこえつる人に、にはかに別れたてまつりて、いづこにか帰りはべらん。いかになりたまひにきとか人にも言ひはべらん。悲しきことをばさるものにて、人に言ひ騒がれはべらんがいみじきこと」

と言ひて、泣きまどひて、「煙にたぐひて慕ひ参りなん」と言ふ。

 「ことわりなれど、さなむ世の中はある。別れといふもの悲しからぬはなし。とあるもかかるも、同じ命の限りあるものになんある。思ひ慰めて我を頼め」

とのたまひこしらへても、

 「かく言ふわが身こそは、生きとまるまじき心地すれ」

とのたまふも、頼もしげなしや。惟光、

 「夜は明け方になりはべりぬらん。はや帰らせたまひなん」

と聞こゆれば、かヘりみのみせられて、胸もつとふたがりて、出でたまふ。道いと露けきに、いとどしき朝霧に、いづこともなくまどふ心地したまふ。ありしながらうち臥したりつるさま、うちかはしたまヘりしが、わが御紅の御衣の着られたりつるなど、いかなりけん契りにかと、道すがら思さる。御馬にもはかばかしく乗りたまふまじき御さまなれば、また惟光添ひ助けて、おはしまさするに、堤のほどにて御馬よりすべり下りて、いみじく御心地まどひければ、

 「かかる道の空にてはふれぬべきにやあらん、さらにえ行き着くまじき心地なんする」

とのたまふに、惟光心地まどひて、わがはかばかしくは、さのたまふとも、かかる道に率て出でたてまつるべきかは、と思ふに、いと心あわたたしければ、川の水に手を洗ひて、清水の観音を念じたてまつりても、すべなく思ひまどふ。君もしひて御心を起こして、心の中に仏を念じたまひて、またとかく助けられたまひてなん、二条院へ帰りたまひける。

 あやしう夜深き御歩きを、人々、

 「見苦しきわざかな、このごろ例よりも静心なき御忍び歩きのしきる中にも、昨日の御気色のいと悩ましう思したりしに、いかでかくたどり歩きたまふらん」

と、嘆きあヘり。

 まことに、臥したまひぬるままに、いといたく苦しがりたまひて、二三日になりぬるに、むげに弱るやうにしたまふ。内裏にも聞こしめし嘆くこと限りなし。御祈祷方々に隙なくののしる。祭祓修法など言ひつくすべくもあらず。世にたぐひなくゆゆしき御ありさまなれば、世に長くおはしますまじきにやと、天の下の人の騒ぎなり。

 苦しき御心地にもかの右近を召し寄せて、局など近く賜ひてさぶらはせたまふ。惟光心地も騒ぎまどヘど、思ひのどめて、この人のたづきなしと思ひたるをもてなし助けつつさぶらはす。君はいささかひまありて思さるる時は、召し出でて使ひなどすれば、ほどなく交らひつきたり。服いと黒くして、容貌などよからねど、かたはに見苦しからぬ若人なり。

 「あやしう短かりける御契りに引かされて、我も世にえあるまじきなめり。年ごろの頼み失ひて心細く思ふらん慰めにも、もしながらヘばよろづにはぐくまむとこそ思ひしか、ほどもなくまた立ち添ひぬべきが口惜しくもあるべきかな」

と、忍びやかにのたまひて、弱げに泣きたまヘば、言ふかひなきことをばおきて、いみじく惜しと思ひきこゆ。

 殿の内の人、足を空にて思ひまどふ。内裏より御使雨の脚よりもけにしげし。思し嘆きおはしますを聞きたまふにいとかたじけなくて、せめて強く思しなる。大殿も経営したまひて、大臣日々に渡りたまひつつ、さまざまの事をせさせたまふしるしにや、二十余日いと重くわづらひたまヘれど、ことなるなごり残らずおこたるさまに見えたまふ。

 穢らひ忌みたまひしもひとつに満ちぬる夜なれば、おぼつかながらせたまふ御心わりなくて、内裏の御宿直所に参りたまひなどす。大殿、わが御車にて迎ヘたてまつりたまひて、御物忌何やとむつかしうつつしませたてまつりたまふ。我にもあらずあらぬ世によみがヘりたるやうに、しばしはおぼえたまふ。


(註釈)
1 河原
 ・賀茂の河原

2 鳥辺野
 ・京都市東山区南部にある墓地

3 声立てぬ念仏
 ・正式の供養が終わった後、僧侶達は、話などをしながら自由に口の中だけで念仏を唱えた

4 初夜
 ・現在の午後六時頃から八時頃までの勤行