第七十四段

■ 原文

蟻の如くに集まりて、東西に急ぎ、南北に走る人、高きあり、賤しきあり。老いたるあり、若きあり。行く所あり、帰る家あり。夕に寝ねて、朝に起く。いとなむ所何事ぞや。生を貪り、利を求めて、止む時なし。

身を養ひて、何事をか待つ。期する処、たゞ、老と死とにあり。その来る事速かにして、念々の間に止まらず。これを待つ間、何の楽しびかあらん。惑へる者は、これを恐れず。名利に溺れて、先途の近き事を顧みねばなり。愚かなる人は、また、これを悲しぶ。常住ならんことを思ひて、変化の理を知らねばなり。


■ 注釈

1 常住
 ・常に同じ状態で有り続けること。

2 変化
 ・(1)の常住の反意語。全てが絶えることなく変化し続けること。

参照:変化 - Wikipedia


■ 現代語訳

蟻のように群れをなし、西へ、東へ猛スピード、南へ、北へ超特急。社会的身分の高い人もいる。貧乏人もいる。老人もいる。小僧もいる。出勤する場所があって、帰る家もある。夜に眠くなり、朝に目覚める。この人達は何をしているのだろうか。節操もなく長生きを欲しがり、利益は高利回りだ。もう止まらない。

養生しながら「何かいいことないか」と、呟きながら果報を待つ。とどの詰まりは、ただ老いぼれて死ぬだけだ。老いぼれて死ぬ瞬間は、あっという間で、思いの刹那が留まる事もない。老いぼれて死ぬのを待っている間に何か楽しい事でもあるのだろうか? 迷える子羊は老いぼれて死ぬのを恐がらない。名前を売る為に忙しく金儲けに溺れて、命の終点が近い事を知らないのだ。それでいてバカだから死ぬのを悲しむ。この世は何も変わらないと勘違いし、運命の大河に流されているのを感じていないからだ。