第六段

■ 原文

わが身のやんごとなからんにも、まして、数ならざらんにも、子といふものなくてありなん。

前中書王・九条大政大臣・花園、みな、族絶えむことを願い給へり。染殿大臣も、「子孫おはせぬぞよく侍る。末のおくれ給へるは、わろき事なり」とぞ、世継の翁の物語には言へる。聖徳太子の、御墓をかねて築かせ給ひける時も、「こゝを切れ。かしこを断て。子孫あらせじと思ふなり」と侍りけるとかや。


■ 注釈

1 数ならざらん
・人の数にも数えてもらえない賤しい身分。

2 前中書王
醍醐天皇の皇子、兼明親王のこと。特に学才に優れた。
参照:兼明親王 - Wikipedia

3 九条大政大臣
藤原伊通のこと。日記に『権大納言伊通卿記』がある。
参照:藤原伊通 - Wikipedia

4 花園
源有仁のこと。詩歌、管絃、書に名手。『春玉秘抄』『秋玉秘抄』を記している。
参照:源有仁 - Wikipedia

5 染殿大臣
藤原良房のこと。摂政となり院政政治を行う。
参照:藤原良房 - Wikipedia

6 聖徳太子
・用明帝の王子様・推古帝の皇太子。後に一万円札の図柄となる。
参照:聖徳太子 - Wikipedia


■ 現代語訳

自身の身分が世間的に高い人の場合はもちろんのことで、ましてや、死んでも何とも思われないような身分の人は、子供なんて作らない方がよい。

前の天皇の息子や政府長官、花園の長官は自分の一族が滅びてしまうことを望んでいた。染殿の長官にいたっては「子孫などはない方がよい。後々の子孫がグレて不良や暴走族になったら困るではないか」と言っていたと、世継ぎ物語の『大鏡』に書いてあった。聖徳太子は自分の墓を生前に建築して「ここをちょん切って、あそこを塞いでしまえ、他には誰も入れないようにしてしまえ。子孫はいらないからだ」と言っていたらしい。