第五十一段

■ 原文

亀山殿御池に大井川の水をまかせられんとて、大井の土民に仰せて、水車を作らせられけり。多くの銭を給ひて、数日に営み出だして、掛けたりけるに、大方廻らざりければ、とかく直しけれども、終に廻らで、いたづらに立てりけり。

さて、宇治の里人を召して、こしらへさせられければ、やすらかに結ひて参らせたりけるが、思ふやうに廻りて、水を汲み入るゝ事めでたかりけり。

万に、その道を知れる者は、やんごとなきものなり。


■ 注釈

1 亀山殿(かめやまどの)
 ・後嵯峨上皇が嵯峨に増築した仙洞御所のこと。

参照:後嵯峨天皇 - Wikipedia
参照:天龍寺 - Wikipedia

2 大井川
 ・桂川が嵐山の庵を流れるときの名称。

参照:桂川 (淀川水系) - Wikipedia

3 宇治
 ・京都府宇治市。古来から水車が多いことで知られていた。

参照:宇治市 - Wikipedia


■ 現代語訳

嵯峨の亀山殿の池に、大井川の水を引こうということになり、近隣の住民に命令して水車を建設させた事があった。大金をばらまいて、時間をかけて丁寧に造った。川に仕掛けたのだが、水車は一向に回転しない。色々修理したが、全く回転しないので、とうとう廃墟と化した。

そこで、宇治川沿いに暮らす土着民を呼びだして水車を建設させたら、簡単に完成させて、思い通りにクルクル回り、水を汲み上げる姿が気持ちよかった。

どんなことでも、プロの技術は尊敬に値する。