第四十五段
■ 原文
公世の二位のせうとに、良覚僧正と聞えしは、極めて腹あしき人なりけり。
坊の傍に、大きなる榎の木のありければ、人、「榎木僧正」とぞ言ひける。この名然るべからずとて、かの木を伐られにけり。その根のありければ、「きりくひの僧正」と言ひけり。いよいよ腹立ちて、きりくひを堀り捨てたりければ、その跡大きなる堀にてありければ、「堀池僧正」とぞ言ひける。
■ 注釈
1 公世の二
・藤原公世。箏の名手。十二位の位だけ有り、役職がなかったので、このように呼ばれた。
■ 現代語訳
藤原公世、従二位の兄さんで良覚僧正とか言った人は、大変へそ曲がりだったそうだ。
彼の寺には大きな榎の木があったので、近所の人は「榎木の僧正」と呼んでいた。僧正は、「変なあだ名を付けやがって、ふざけるな」と怒って、その榎の木を伐採した。そして、切り株が残ったので「きりくいの僧正」とあだ名を付けられた。すると僧正はますます逆上して、今度は切り株までも掘り起こした。そして大きな堀ができた。その後、僧正は「堀池の僧正」になった。