第六十八段

■ 原文

筑紫に、なにがしの押領使などいふやうなる者のありけるが、土大根を万にいみじき薬とて、朝ごとに二つづゝ焼きて食ひける事、年久しくなりぬ。

或時、館の内に人もなかりける隙をはかりて、敵襲ひ来りて、囲み攻めけるに、館の内に兵二人出で来て、命を惜しまず戦ひて、皆追ひ返してンげり。いと不思議に覚えて、「日比こゝにものし給ふとも見ぬ人々の、かく戦ひし給ふは、いかなる人ぞ」と問ひければ、「年来頼みて、朝な朝な召しつる土大根らに候う」と言ひて、失せにけり。

深く信を致しぬれば、かゝる徳もありけるにこそ。


■ 注釈

1 筑紫
 ・ここでは九州全体を指す。

参照:九州 - Wikipedia

2 押領使(あふりゃふし)
 ・地方での暴動を鎮圧するために、兵隊を率いる役職。

参照:押領使 - Wikipedia

3 土大根(つちおほね)
 ・大根。

参照:ダイコン - Wikipedia


■ 現代語訳

九州に、何とかと言う兵隊の元締めがいた。彼は、「大根を万病の薬である」と信じて疑わず、毎朝二本ずつ焼いて食べることを長年の習慣にしてきた。

ある日、警備の留守を見計らうように敵が館を襲撃し、彼を包囲してしまった。すると、どうしたことか、見知らぬ兵隊が二人現れて、捨て身の体勢で戦い、敵を撃退してくれた。とても不思議に思って「お見かけしないお顔ですが、このように戦って頂きまして、一体どちらさんですか?」と尋ねると「あなたがいつも信じて疑わず毎朝、食べていた大根でございます」とだけ答えて去っていった。

どんなことでも深く信じてさえいれば、こんなラッキーなことがあるのかも知れない。