第八十六段

■ 原文

惟継中納言は、風月の才に富める人なり。一生精進にて読経うちして、寺法師の円伊僧正と同宿して侍りけるに、文保に三井寺焼かれし時、坊主にあひて、「御坊をば寺法師とこそ申しつれど、寺はなければ、今よりは法師とこそ申さめ」と言はれけり。いみじき秀句なりけり。


■ 注釈

1 惟継中納言
 ・平惟継。任権中納言歌人

2 寺
 ・「寺」は滋賀県大津市にある、天台宗寺門、長等山園城寺三井寺)のこと。

参照:園城寺 - Wikipedia

3 円伊僧正
 ・天台宗権僧正歌人

参照:「円伊」を編集中 - Wikipedia

4 文保
 ・文保三年に、比叡山延暦寺の僧侶によって三井寺が焼き落とされた。

参照:文保 - Wikipedia

5 三井寺
 ・(2)を参照。

参照:園城寺 - Wikipedia


■ 現代語訳

惟継中納言は、自然派の多彩な詩人だった。お経漬けの仏道修行をする為に、三井寺の寺法師だった円伊僧正と同棲していた。文保の時代、三井寺延暦寺の僧侶に放火されて焼け落ちた時、惟継は、この法師に「三井寺の法師であったあなたの事を寺法師と呼んでおりましたが、寺も無くなったので、今からはただの法師と呼びましょう」と言ったそうだ。とても気の利いた慰め方だ。