第八十八段
■ 原文
或者、小野道風の書ける和漢朗詠集とて持ちたりけるを、ある人「御相伝、浮ける事には侍らじなれども四条大納言撰ばれたものを、道風書かん事、時代や違ひ侍らん。覚束なくこそ」と言ひければ、「さ候へばこそ、世にあり難き物には侍りけれ」とて、いよいよ秘蔵しけり。
■ 注釈
1 小野道風
・平安中期の書家。藤原佐理、藤原行成らと三蹟と呼ばれた。藤原公任が生まれた年に没す。
2 和漢朗詠集
・藤原公任が選んだ、和漢の詩歌のアンソロジー。
■ 現代語訳
或る者が、「これが書の達人として誉れ高い、小野道風が書き写した『和漢朗詠集』です」と言って秘蔵していた。別の者が、「あなた様のお宅に代々伝わる品物ですから、根拠が出鱈目だとインネンを付けるつもりは毛頭ないのでございますが、藤原公任が撰集した歌を、その時代に他界している小野道風が書き写しているので、矛盾していてインチキ臭いのですが」と尋ねた。すると、「お目が高い! だからこそ類い希なる珍品なのでございます」と答え、今までよりも大切に秘蔵したという。