■ 原文ひとり、燈のもとに文をひろげて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよなう慰むわざなる。 文は、文選のあはれなる巻々、白氏文集、老子のことば、南華の篇。この国の博士どもの書ける物も、いにしへのは、あはれなること多かり。 ■ 注釈１ 文選 ・中国南北…

■ 原文同じ心ならん人としめやかに物語して、をかしき事も、世のはかなき事も、うらなく言ひ慰まんこそうれしかるべきに、さる人あるまじければ、つゆ違はざらんと向ひゐたらんは、たゞひとりある心地やせん。 たがひに言はんほどの事をば、「げに」と聞くか…

■ 原文神無月のころ、栗栖野といふ所を過ぎて、ある山里に尋ね入る事侍りしに、遥かなる苔の細道を踏み分けて、心ぼそく住みなしたる庵あり。木の葉に埋もるゝ懸樋の雫ならでは、つゆおとなふものなし。閼伽棚に菊・紅葉など折り散らしたる、さすがに、住む…

■ 原文家居のつきづきしく、あらまほしきこそ、仮の宿りとは思へど、興あるものなれ。 よき人の、のどやかに住みなしたる所は、さし入りたる月の色も一きはしみじみと見ゆるぞかし。今めかしく、きらゝかならねど、木立もの古りて、わざとならぬ庭の草も心あ…

■ 原文 女は、髪のめでたからんこそ、人の目立つべかンめれ、人のほど・心ばへなどは、もの言ひたるけはひにこそ、物越しにも知らるれ。 ことにふれて、うちあるさまにも人の心を惑はし、すべて、女の、うちとけたる寝ヰもねず、身を惜しとも思ひたらず、堪…

■ 原文世の人の心惑はす事、色欲には如かず。人の心は愚かなるものかな。 匂ひなどは仮のものなるに、しばらく衣裳に薫物すと知りながら、えならぬ匂ひには、必ず心ときめきするものなり。九米の仙人の、物洗ふ女の脛の白きを見て、通を失ひけんは、まことに…