第六十一段
■ 原文
御産の時、甑落す事は、定まれる事にあらず。御胞衣とゞこほる時のまじなひなり。とゞこほらせ給はねば、この事なし。
下ざまより事起りて、させる本説なし。大原の里の甑を召すなり。古き宝蔵の絵に、賎しき人の子産みたる所に、甑落したるを書きたり。
■ 注釈
1 御産(ごさん)
・宮中の高貴な方が、皇太子、皇女を出産すること。
2 甑(こしき)
・瓦製の米を炊く道具。
3 胞衣(えな)
・胎児を包んでいる膜や胎盤。出産後に下りてくることから後産とも呼ぶ。
4 大原
・京都市左京区大原。「大原」と「大腹」をかけている。
6 宝蔵
・宝物をしまう蔵。
■ 現代語訳
天皇の正妻や二号、愛人が出産する際に、炊飯器を転げ落とす儀式は必至でない。後産が長引かないようにする、単なるまじないなのだ。安産であれば必要ない。
元は庶民の風習であり、何の根拠もない。大原の里から炊飯器を取り寄せるのだが、これも「大原」と「大腹」をもじっただけの事である。宝物殿に安置してある古いタブローに、貧乏人の出産時に、炊飯器を転がしている様子が残っている。