第六十二段
■ 原文
延政門院、いときなくおはしましける時、院へ参る人に、御言つてとて申させ給ひける御歌、
ふたつ文字、牛の角文字、直ぐな文字、歪み文字とぞ君は覚ゆる
恋しく思ひ参らせ給ふとなり。
■ 注釈
1 延政門院
・後嵯峨上皇の皇女、悦子内親王。この話は悦子内親王が六歳から十四歳の話である。
3 ふたつ文字
・平仮名の「こ」の字。
4 牛の角文字
・平仮名の「い」の字。「ひ」の字では無いらしい。
5 直ぐな文字
・まっすぐな文字。平仮名の「し」の字。
6 歪み文字
・平仮名の「く」の字。
7 君は覚ゆる
・「お父様のことを恋しく思います」と詠んでいる。
■ 現代語訳
悦子内親王が、小さなお嬢ちゃんだった頃、父上の隠居先を訪ねる人に「ことづて」と言って、渡した歌。
「こ」は二本「ひ」は牛の角「し」を曲げて「く」にして繋ぐ 君のことだよ
この歌は、「恋しく」思う歌なのである。