第八十三段

■ 原文

竹林院入道左大臣殿、太政大臣に上り給はんに、何の滞りかおはせんなれども、珍しげなし。一上にて止みなん」とて、出家し給ひにけり。洞院左大臣殿、この事を甘心し給ひて、相国の望みおはせざりけり。

「亢竜の悔あり」とかやいふこと侍るなり。月満ちては欠け、物盛りにしては衰ふ。万の事、先の詰まりたるは、破れに近き道なり。


■ 注釈

1 竹林院入道左大臣殿
 ・西園寺公衡(きんひら)。左大臣になり三ヶ月で辞退した。竹林院と号する。法名、静勝(じょうしょう)

参照:西園寺公衡 - Wikipedia

2 太政大臣
 ・左大臣の別名。大政官僚の任務を統括する。

参照:太政大臣 - Wikipedia

3 洞院左大臣殿
 ・藤原実泰。左大臣になり、一年で辞任する。

参照:洞院実泰 - Wikipedia

4 相国
 ・太政大臣を唐制で呼んだ名前。

参照:相国 - Wikipedia

5 亢竜の悔あり
 ・登りつめた竜は下るしか無い。そこには悔いしかない。「亢竜、悔有リ」と『易経』にある。

参照:易経 - Wikipedia

6 月満ちては欠け、物盛りにしては衰ふ
 ・「語ニ曰ク。日中スレバ則チ移リ、月満ツレバ則チ虧ケ、物盛ンナレバ則チ衰フ。天地ノ常数ナリ」と『史記』にある。

参照:史記 - Wikipedia


■ 現代語訳

竹林入道、西園寺公衡は、最高長官へと出世するのに、何の問題も無くトントン拍子で進んだのだが「長官になっても、何ら変わったことも無いだろうから大臣で止めておこう」と言って出家した。洞院左大臣、藤原実泰も、これに感動して長官出世の望みを持たなかった。

「頂上に登りつめた龍は、ジェットコースターの如く急降下するしかあるまい。後は悔いだけが残る」と言う。太陽は黄昏に向かい、満月は欠け、旬の物は腐るのみ。森羅万象、先が見えている物事は破綻が近い証拠である。