2009-04-15から1日間の記事一覧

第八十五段

■ 原文人の心すなほならねば、偽りなきにしもあらず。されども、おのづから、正直の人、などかなからん。己れすなほならねど、人の賢を見て羨むは、尋常なり。至りて愚かなる人は、たまたま賢なる人を見て、これを憎む。「大きなる利を得んがために、少しき…

第八十四段

■ 原文法顕三蔵の、天竺に渡りて、故郷の扇を見ては悲しび、病に臥しては漢の食を願ひ給ひける事を聞きて、「さばかりの人の、無下にこそ心弱き気色を人の国にて見え給ひけれ」と人の言ひしに、弘融僧都、「優に情ありける三蔵かな」と言ひたりしこそ、法師…

第八十三段

■ 原文竹林院入道左大臣殿、太政大臣に上り給はんに、何の滞りかおはせんなれども、珍しげなし。一上にて止みなん」とて、出家し給ひにけり。洞院左大臣殿、この事を甘心し給ひて、相国の望みおはせざりけり。「亢竜の悔あり」とかやいふこと侍るなり。月満…

第八十二段

■ 原文「羅の表紙は、疾く損ずるがわびしき」と人の言ひしに、頓阿が、「羅は上下はつれ、螺鈿の軸は貝落ちて後こそ、いみじけれ」と申し侍りしこそ、心まさりして覚えしか。一部とある草子などの、同じやうにもあらぬを見にくしと言へど、弘融僧都が、「物…

第八十一段

■ 原文屏風・障子などの、絵も文字もかたくななる筆様して書きたるが、見にくきよりも、宿の主のつたなく覚ゆるなり。大方、持てる調度にても、心劣りせらるゝ事はありぬべし。さのみよき物を持つべしとにもあらず。損ぜざらんためとて、品なく、見にくきさ…

第八十段

■ 原文人ごとに、我が身にうとき事をのみぞ好める。法師は、兵の道を立て、夷は、弓ひく術知らず、仏法知りたる気色し、連歌し、管絃を嗜み合へり。されど、おろかなる己れが道よりは、なほ、人に思ひ侮られぬべし。 法師のみにもあらず、上達部・殿上人・上…

第七十九段

■ 原文何事も入りたゝぬさましたるぞよき。よき人は、知りたる事とて、さのみ知り顔にやは言ふ。片田舎よりさし出でたる人こそ、万の道に心得たるよしのさしいらへはすれ。されば、世に恥づかしきかたもあれど、自らもいみじと思へる気色、かたくななり。よ…

第七十八段

■ 原文今様の事どもの珍しきを、言ひ広め、もてなすこそ、またうけられね。世にこと古りたるまで知らぬ人は、心にくし。いまさらの人などのある時、こゝもとに言ひつけたることぐさ、物の名など、心得たるどち、片端言ひ交し、目見合はせ、笑ひなどして、心…

第七十七段

■ 原文世中に、その比、人のもてあつかひぐさに言ひ合へる事、いろふべきにはあらぬ人の、よく案内知りて、人にも語り聞かせ、問ひ聞きたるこそ、うけられね。ことに、片ほとりなる聖法師などぞ、世の人の上は、我が如く尋ね聞き、いかでかばかりは知りけん…

第七十六段

■ 原文世の覚え花やかなるあたりに、嘆きも喜びもありて、人多く行きとぶらふ中に、聖法師の交じりて、言ひ入れ、たゝずみたるこそ、さらずともと見ゆれ。さるべき故ありとも、法師は人にうとくてありなん。 ■ 注釈1 聖法師 ・厳しい戒律を守って生活してい…