第九十四段

■ 原文

常磐井相国、出仕し給ひけるに、勅書を持ちたる北面あひ奉りて、馬より下りたりけるを、相国、後に、「北面某は、勅書を持ちながら下馬し侍りし者なり。かほどの者、いかでか、君に仕うまつり候ふべき」と申されければ、北面を放たれにけり。

勅書を、馬の上ながら、捧げて見せ奉るべし、下るべからずとぞ。


■ 注釈

1 常磐井相国(ときはゐのしゃうこく)
 ・西園寺実氏。「相国」は、太政大臣のこと。

参照:西園寺実氏 - Wikipedia

2 勅書
 ・勅令を書いた文章。「陣中ニハ、自(みづか)ラ御書ヲ持チ、陣外ニハ、小舎人。袍(はう)ヲ著(き)、路頭ニ於テ、大臣已上ニ逢フト雖(いへど)モ、下リズ」と『侍中群要』にある。

参照:勅 - Wikipedia

3 北面(ほくめん)
 ・北面の武士で、上皇の御所を警備する。

参照:北面武士 - Wikipedia


■ 現代語訳

常磐井の太政大臣が、役所勤めをしていた頃、皇帝の勅令を持った武士が、大臣に接見した。その際に馬から下りたので、大臣はその後「先ほどの武士は、皇帝の勅令を持ちながら馬から下りやがった。あんな馬鹿タレを中央官庁で働かせるわけにはいかん」と言って、即座に解雇した。

勅令は馬に乗ったまま両手で高く上げて見せるのであって、馬から下りたら失礼なのだ。