第九十八段

■ 原文

尊きひじりの言ひ置きける事を書き付けて、一言芳談とかや名づけたる草子を見侍りしに、心に合ひて覚えし事ども。

一しやせまし、せずやあらましと思ふ事は、おほやうは、せぬはよきなり。

一後世を思はん者は、糂汰瓶一つも持つまじきことなり。持経・本尊に至るまで、よき物を持つ、よしなき事なり。

一遁世者は、なきにことかけぬやうを計ひて過ぐる、最上のやうにてあるなり。

一上臈は下臈に成り、智者は愚者に成り、徳人は貧に成り、能ある人は無能に成るべきなり。

仏道を願ふといふは、別の事なし。暇ある身になりて、世の事を心にかけぬを、第一の道とす。

この外もありし事ども、覚えず。


■ 注釈

1 一言芳談
 ・浄土宗の僧侶たちの法語。百六十条を収録した語録集。

参照:死生観 - Wikipedia

2 糂汰瓶
 ・漬け物樽

3 上臈・下臈
 ・身分の高い人、低い人。

参照:上臈御年寄 - Wikipedia


■ 現代語訳

『一言芳談』という、坊さんの名言集を読んでいたら感動したので、ここに紹介しよう。

一つ。やろうか、やめようか迷っていることは、通常やらない方が良い。

一つ。死んだ後、幸せになろうと思う人は、糠味噌樽一つさえ持つ必要は無い。経本やご本尊についても高級品を使うのは悪いことだ。

一つ。世捨てのアナーキストは、何も無い状態でもサバイバルが出来なくてはならない。

一つ。王子は乞食に、知識人は白痴に、金持ちは清貧に、天才は馬鹿に成りきるべきである。

一つ。仏の道を追求すると言うことは、たいした事ではない。ただ単に暇人になり、放心していればよい。

他にも良い言葉があったが忘れてしまった。