第九十九段

■ 原文

堀川相国は、美男のたのしき人にて、そのこととなく過差を好み給ひけり。御子基俊卿を大理になして、庁務行はれけるに、庁屋の唐櫃見苦しとて、めでたく作り改めらるべき由仰せられけるに、この唐櫃は、上古より伝はりて、その始めを知らず、数百年を経たり。累代の公物、古弊をもちて規模とす。たやすく改められ難き由、故実の諸官等申しければ、その事止みにけり。


■ 注釈

1 堀川相国
 ・久我基具(くがもととも)。

参照:「久我基具」を作成中 - Wikipedia

2 御子基俊卿
 ・基具の次男の基俊。権中納言

3 大理
 ・検非違使庁の長官。

参照:検非違使 - Wikipedia

4 庁務

 ・検非違使庁の業務。

5 庁屋

 ・検非違使庁の庁舎。この頃は、私邸が庁舎として使われていた。

6 唐櫃
 ・衣類や調度品を収納するための長方形の櫃。

参照:http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E5%94%90%E6%AB%83&dtype=0&dname=0na&stype=0&pagenum=1&index=04457003680600


■ 現代語訳

堀川の太政大臣は、金を持っている色男で何事につけても派手好みだった。次男の基俊を防衛大臣に任命して黒幕になり勤めに励んだ。太政大臣は庁舎にある収納家具を見て「目障りだから派手な物に造りかえなさい」と命じた。「この家具は、古き良き時代から代々受け継がれている物で、いつの物だか誰も知りません。数百年前のアンティークあって、ボロボロだから価値があります。そう簡単には造り直しができません」と、古いしきたりに詳しい職員が説明すると、それで済んだ。