第百十九段

■ 原文

鎌倉の海に、鰹と言ふ魚は、かの境ひには、さうなきものにて、この比もてなすものなり。それも、鎌倉の年寄の申し侍りしは、「この魚、己れら若かりし世までは、はかばかしき人の前へ出づる事侍らざりき。頭は、下部も食はず、切りて捨て侍りしものなり」と申しき。

かやうの物も、世の末になれば、上ざままでも入りたつわざにこそ侍れ。


■ 注釈

1 鎌倉
 ・神奈川県鎌倉市鎌倉幕府が置かれた都市。

参照:鎌倉 - Wikipedia

2 鰹
 ・魚の一種。

参照:カツオ - Wikipedia


■ 現代語訳

鎌倉の海を泳いでいる鰹という魚は、この地方では高級魚として最近の流行になっている。その鰹も、鎌倉の爺様が言うには「この魚も、おいら達が若い頃には、真っ当な人間の食卓に出ることも無かったべよ。頭はゴミあさりでも切り取って捨てていたっぺ」と話していた。

そんな魚も世紀末になれば、金持ちの食卓に出されるようになった。