第百七十三段
■ 原文
小野小町が事、極めて定かならず。衰へたる様は、「玉造」と言ふ文に見えたり。この文、清行が書けりといふ説あれど、高野大師の御作の目録に入れり。大師は承和の初めにかくれ給へり。小町が盛りなる事、その後の事にや。なほおぼつかなし。
■ 注釈
1 小野小町
・平安時代の有名な歌人。六歌仙の一人。美女だったという。
2 玉造
・『玉造小町壮衰書』
3 清行
・三善清行。大内記、文章博士、大学頭、を経て、参議、宮内卿兼播磨守となる。
■ 現代語訳
小野小町の生涯は、極めて謎である。没落した姿は『玉造小町壮衰書』という文献に見られる。この文献は三善清行の手によるという説もあるが、弘法大師の著作リストに記されている。大師は西暦八百三十五年に他界した。小町が男どもを夢中にさせたのは、その後の時代の出来事だ。謎は深まるばかりである。