第二百三段
■ 原文
勅勘の所に靫懸くる作法、今は絶えて、知れる人なし。主上の御悩、大方、世中の騒がしき時は、五条の天神に靫を懸けらる。鞍馬に靫の明神といふも、靫懸けられたりける神なり。看督長の負ひたる靫をその家に懸けられぬれば、人出で入らず。この事絶えて後、今の世には、封を著くることになりにけり。
■ 注釈
1 勅勘
・朝廷より咎められること。天皇のご機嫌を損ない法律で罰せられること。朝廷に出入り禁止になること。
2 靫(ゆぎ)
・矢を入れて背負う道具。
3 五条の天神
・京都市下京区天神前町にある疫病を治める神。大己貴命(おおあなむちのみこと)と少彦名神(すくなひこなのかみ)を祭る。
5 靫の明神
・鞍馬寺の境内にある鞍馬町の氏神で、五条の天神と同様に大己貴命(おおあなむちのみこと)と少彦名神(すくなひこなのかみ)を祭る。
6 看督長
・検非違使庁の下級官僚で、在任の逮捕や牢獄の監視、強制執行の任務に当たった。
■ 現代語訳
朝廷から法によって裁かれる罪人の門に、矢を入れる靫を取り付ける習わしも、今ではなくなり、知る人もいない。天皇が病気の際や、世間に疫病が蔓延した際にも、五条天神に靫をかける。鞍馬寺の境内にある靫の明神も、靫をかける神である。判決の執行係が背負う靫を罪人の家にかけると、立ち入り禁止になる。この風習がなくなり、今では門に封をするようになった。