第二百三十段
■ 原文
五条内裏には、妖物ありけり。藤大納言殿語られ侍りしは、殿上人ども、黒戸にて碁を打ちけるに、御簾を掲げて見るものあり。「誰そ」と見向きたれば、狐、人のやうについゐて、さし覗きたるを、「あれ狐よ」とどよまれて、惑ひ逃げにけり。
未練の狐、化け損じけるにこそ。
■ 注釈
1 五条内裏
・五条大宮内裏。一二七〇年に焼失。
2 藤大納言殿
・二条為世。権大納言。宮廷歌人。兼好法師の和歌の師である。歌論書に『和歌庭訓』がある。
3 黒戸
・清涼殿の北廂から弘徽殿までの西向きの戸。ここを黒戸の御所と呼ぶ。
■ 現代語訳
五条の皇居には妖怪が巣くっていた。二条為世が話すには、皇居に上がることを許された男たちが黒戸の間で碁に耽っていると、簾を上げて覗き込む者がある。「誰だ」と眼光鋭く振り向けば、狐が人間を真似て、立て膝で覗いていた。「あれは狐だ」と騒がれて、あわてて逃げ去ったそうだ。
未熟な狐が化け損なったのだろう。