第二十六段

■ 原文

風も吹きあへずうつろふ、人の心の花に、馴れにし年月を思へば、あはれと聞きし言の葉ごとに忘れぬものから、我が世の外になりゆくならひこそ、亡き人の別れよりもまさりてかなしきものなれ。

されば、白き糸の染まんことを悲しび、路のちまたの分れんことを嘆く人もありけんかし。堀川院の百首の歌の中に、

昔見し妹が墻根は荒れにけりつばなまじりの菫のみして

さびしきけしき、さる事侍りけん。


■ 注釈

1 堀川院の百首の歌
 ・堀河天皇の時代に、十六人の廷官が、題を決めて、一人百首、合計千六百首を詠んで進呈した歌。

参照:堀河天皇 - Wikipedia


■ 現代語訳

恋の花片が風の吹き去る前に、ひらひらと散っていく。懐かしい初恋の一ページをめくれば、ドキドキして聞いた言葉の一つ一つが、今になっても忘れられない。サヨナラだけが人生だけど、人の心移りは、死に別れより淋しいものだ。

だから、白い糸を見ると「黄ばんでしまう」と悲しんで、一本道を見れば、別れ道を連想して絶望する人もいたのだろう。昔、歌人が百首づつ、堀川天皇に進呈した和歌に、

 恋人の垣根はいつか荒れ果てて野草の中ですみれ咲くだけ

という歌があった。

好きだった人を思い出し、荒廃した景色を見ながら放心する姿が目に浮かぶ。