第百一段
■ 原文
或人、任大臣の節会の内辨を勤められけるに、内記の持ちたる宣命を取らずして、堂上せられにけり。極まりなき失礼なれでも、立ち帰り取るべきにもあらず、思ひわづらはれけるに、六位外記康綱、衣被きの女房をかたらひて、かの宣命を持たせて、忍びやかに奉らせけり。いみじかりけり。
■ 注釈
1 任大臣の節会(にんだいじんのせちゑ)
・天皇が大臣を任命する儀式のこと。
2 内辨
・内裏の紫宸殿、承明門の中にいて、雑務を取り仕切る役人。
5 六位外記康綱
・中原康綱。外記は太政官に属す役人。
6 衣被きの女房
・衣被きの姿をした宮中に仕える高位の女官。
■ 現代語訳
ある人が、大臣の任命式を取り仕切った際に、天皇の直々の任命書を持たないまま壇上に上がってしまった。失礼極まりないと分かりつつも、取りに戻るわけにもいかず放心していると、康綱係長が目立たない女子職員にお願いし、この任命書を持たせて内緒で手渡した。とても気が利く男であった。