第百一段

■ 原文

或人、任大臣の節会の内辨を勤められけるに、内記の持ちたる宣命を取らずして、堂上せられにけり。極まりなき失礼なれでも、立ち帰り取るべきにもあらず、思ひわづらはれけるに、六位外記康綱、衣被きの女房をかたらひて、かの宣命を持たせて、忍びやかに奉らせけり。いみじかりけり。


■ 注釈

1 任大臣の節会(にんだいじんのせちゑ)
 ・天皇が大臣を任命する儀式のこと。

参照:節会 - Wikipedia

2 内辨
 ・内裏の紫宸殿、承明門の中にいて、雑務を取り仕切る役人。

参照:http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E5%86%85%E8%BE%A8&dtype=0&dname=0na&stype=0&pagenum=1&index=15792613630300

3 内記
 ・中務省で、詔勅宣命を作る役人。

参照:内記 - Wikipedia

4 宣命
 ・天皇の命令を和国文で記した書類。

参照:宣命 - Wikipedia

5 六位外記康綱
 ・中原康綱。外記は太政官に属す役人。

6 衣被きの女房
 ・衣被きの姿をした宮中に仕える高位の女官。

参照:http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E8%A1%A3%E8%A2%AB&dtype=0&dname=0na&stype=1&pagenum=1&index=05169704324900


■ 現代語訳

ある人が、大臣の任命式を取り仕切った際に、天皇の直々の任命書を持たないまま壇上に上がってしまった。失礼極まりないと分かりつつも、取りに戻るわけにもいかず放心していると、康綱係長が目立たない女子職員にお願いし、この任命書を持たせて内緒で手渡した。とても気が利く男であった。