第百九十五段

■ 原文

或人、久我縄手を通りけるに、小袖に大口着たる人、木造りの地蔵を田の中の水におし浸して、ねんごろに洗ひけり。心得難く見るほどに、狩衣の男二三人出で来て、「こゝにおはしましけり」とて、この人を具して去にけり。久我内大臣殿にてぞおはしける。

尋常におはしましける時は、神妙に、やんごとなき人にておはしけり。


■ 注釈

1 久我縄手
 ・久我畷。京都市伏見区にある、約八キロメートルの直線道路。

参照:鳥羽街道 - Wikipedia

2 小袖に大口着たる
 ・大袖(礼服)の下に着る袖の小さい下着。大口は大口の袴。

参照:小袖 - Wikipedia
参照:大口袴 - Wikipedia

3 狩衣
 ・貴族の普段着。丸襟で袖が広い。

参照:狩衣 - Wikipedia

4 久我内大臣殿
 ・源通基。内大臣

参照:久我通基 - Wikipedia


■ 現代語訳

ある人が久我の畦道を真っ直ぐ歩いていると、下着姿に袴という出で立ちのオッサンが、木製の地蔵を田んぼの水に浸して、せっせと洗っていた。何事かと思い見ていると、貴族の身なりをした男が二三人やって来た。「こんな所にいたのですか」と言い、この人を引っ張って行った。この人とは、なんと久我の内大臣、通基公であらせられた。

意識がこちら側にあった頃は、優しい立派な人だった。