第二百十四段

■ 原文

想夫恋といふ楽は、女、男を恋ふる故の名にはあらず、本は相府蓮、文字の通へるなり。晋の王倹、大臣として、家に蓮を植ゑて愛せし時の楽なり。これより、大臣を蓮府といふ。

廻忽も廻鶻なり。廻鶻国とて、夷のこはき国あり。その夷、漢に伏して後に、来りて、己れが国の楽を奏せしなり。


■ 注釈

1 想夫恋
 ・雅楽の曲名。琵琶で演奏される楽曲、あるいは舞曲。

参照:想夫恋 (雅楽) - Wikipedia

2 晋の王倹
 ・南斉の人物。宋の明帝に仕えた。(晋は、兼好法師の誤り)

参照:檀君 - Wikipedia

3 廻忽
 ・唐楽の曲名。

参照:催馬楽 - Wikipedia

4 廻鶻
 ・トルコ系の部族で、ウイグル

参照:回鶻 - Wikipedia

5 夷
 ・未開の外国部族。

参照:東夷 - Wikipedia


■ 現代語訳

想夫恋【そうふれん】という楽曲は、女が男に恋い焦がれるという意味ではない。元は「相府蓮【そうふれん】」という。つまり当て字である。晋の王倹が大臣だった時、家に蓮を植えて愛でながら、鼻歌交じりに歌った曲なのである。以後、中国の大臣は「府蓮」と呼ばれるようになった。

「廻忽【かいこつ】」という楽曲も、本来は「廻鶻【かいこつ】」だった。廻鶻国という、強力な蛮族の国があった。その国の人が、中国に征服された後に、ふるさとの音楽として演奏していたのだ。