第二百七段

■ 原文

亀山殿建てられんとて地を引かれけるに、大きなる蛇、数も知らず凝り集りたる塚ありけり。「この所の神なり」と言ひて、事の由を申しければ、「いかゞあるべき」と勅問ありけるに、「古くよりこの地を占めたる物ならば、さうなく掘り捨てられ難し」と皆人申されけるに、この大臣、一人、「王土にをらん虫、皇居を建てられんに、何の祟りをかなすべき。鬼神はよこしまなし。咎むべからず。たゞ、皆掘り捨つべし」と申されたりければ、塚を崩して、蛇をば大井河に流してンげり。

さらに祟りなかりけり。


■ 注釈

1 亀山殿(かめやまどの)

 ・後嵯峨上皇が嵯峨に増築した仙洞御所のこと。

参照:後嵯峨天皇 - Wikipedia

2 この大臣
 ・前段の徳大寺実基

参照:徳大寺実基 - Wikipedia

3 大井河

 ・桂川が嵐山の庵を流れるときの名称。

参照:桂川 (淀川水系) - Wikipedia


■ 現代語訳

後嵯峨上皇が亀山御所を建築する際の話である。基礎工事を行うと、数え切れないほどの大蛇が塚の上でとぐろを巻いていた。「ここの主でしょう」と、現場監督が報告すれば、上皇は「どうしたものか」と、役人達に尋ねるのだった。人々は「昔からここに陣取っていた蛇なので、むやみに掘り出して捨てるわけにもいかない」と、口を揃えて言い合う。この、実基大臣だけは、「皇帝の領地に巣くう爬虫類が、皇帝の住居を建てると言って、どうして悪さをするものか。蛇の道と邪の道は違うのだ。何も心配する必要は無い。掘り起こして捨てなさい」と言った。その通り、塚を壊して蛇は大井河に流した。

当然、祟りなど無かった。