若紫の帖 八 ゲンジの君、若紫を二条院に拉致する
(現代語訳)
ゲンジの君は左大臣の屋敷にいた。例の内室は、すぐに会おうとはしないのだった。気まずいまま、和琴を引っ掻き鳴らして「常陸には田をこそ作れ、あだ心、や、かぬとや君が、山を越え野を越え、雨夜来ませる」などと、鄙びた詩を颯爽と歌う。
コレミツがやって来たので、呼び寄せて報告させる。「明日に兵部卿宮が迎えに来るらしいのです」と答えるので、ゲンジの君は不本意である。「父宮の手に渡ったら、求婚しても変態扱いされるだけだな。子供を誘拐したと白い目で見られる。ならば、しばらくの間、女官たちに箝口令を出して、先手を打って誘拐するしかない」と企むのだった。コレミツに、
「夜明けにあそこへ行く。車をそのまま待機させておけ。家来を一人か二人、待機させておくんだ」
と言う。コレミツは頷いて準備にかかる。ゲンジの君は「厄介なことになった。世間に知れたら手癖の悪い男だと浮き名が立つだろう。せめて、あの子がロマンのわかる年頃だったら、女が私に狂ったと言い訳もできるだろうし、よくある話だろう。もし兵部卿宮に捜索されたら、恥ずかしいだけでは済まない」と思い悩むのだが、今しかチャンスがないので、そんな悠長なこともしていられなかった。まだ暗いうちに出撃することにした。アオイはいつものように仏頂面で硬直している。
「二条院で片付けなくてはいけない仕事を思い出しました。すぐ戻ってきますよ」
と適当な言い訳をして逃げるように出かけるので、女官たちは誰も気がつかなかった。自分の部屋で直衣を身にまとい、馬に乗ったコレミツだけをお供に出撃する。
コレミツに門を叩かせると、何も知らない者が門を開けた。すかさず車を中に引き入れる。コレミツが入り口の開き戸を叩いて咳払いを、ひとつ。それを察した少納言の乳母が近寄ってくる。
「ゲンジの君がここにいます」
とコレミツが言うと、
「姫君は寝ています。いったい何時だと思っているのですか? どこから朝帰りしたのやら」
などと少納言の乳母は密通帰りに立ち寄ったと勘違いしている。
「兵部卿宮に引き取られると聞いたので、その前に話をしようと思っているのですよ」
とゲンジの君が言う。少納言の乳母は、
「いったい何のお話しでしょうか。どういう結構な返事ができますでしょうか」
と一笑する。それでもゲンジの君が侵入を試みるので、少納言の乳母は驚いた。
「いけません。汚らしい年寄りが無防備に寝ています」
と制するのだが、ゲンジの君は、
「姫君はまだ寝ているのですね。私が起こしてあげよう。この綺麗な朝霧に気がつかずに寝ているなんて」
と突入するのだった。「あっ」と阻止することもできない。幼い姫君は無邪気に睡っていたのだが、ゲンジの君が抱き起こすので目を覚ました。父の兵部卿宮が迎えに来たのかと寝ぼけている。源氏の君が、姫君の髪の毛を掻き分けて撫でてながら、
「さあおいで。私はお父様のお使いだ」
と言う声を聞いて、姫君は人違いだと気がついたのだった。唖然として、顔が引きつっている。ゲンジの君は、
「怖がらないで。私だって人間ですよ」
と抱きかかえて連れ出そうとする。コレミツも少納言の乳母も「何ということを」と呆気にとられている。
「ここに来るのがままならないから、安全な場所に行こうと言っていたでしょう。それなのに兵部卿宮に引き取られていくなんて非道いです。今まで以上に連絡が難しくなっては困りますね。誰か一人だけ付いてきなさい」
とゲンジの君が言うので、少納言の乳母は狼狽する。
「今日だけはなりません。兵部卿宮様がいらっしゃってから、説明のしようがありません。時が過ぎてから自然と結ばれるのであれば、それも仕方ありませんが、何も知らない子供なんです。そんなことになったら、私たちが苦労するだけですわ」
と訴えるのだが、ゲンジの君は、
「嫌なら来なくても良い。後から誰かが寄こせ」
と強引に車を寄せさせるのだった。女官たちは開いた口が塞がらない。始末に負えず狼狽するばかり。姫君も「狂ってる」と思って泣いた。少納言の乳母は、どうすることもできずに、昨夜に縫った着物などを抱えて、身なりを整え、慌てて車に乗り込む。
二条院は近くにあるので、夜明け前に到着した。一行は、西の建物に車を寄せて降りる。姫君をいたって軽々と抱き上げ下ろすのだった。少納言の乳母は、
「悪い夢を見ているようで、放心状態です」
と逡巡している。ゲンジの君が、
「あなたの好きにすればいい。この姫君は預かったから、あなたが帰りたいのなら、送らせよう」
と言い放つので、少納言の乳母の顔を引きつらせたまま下車するのだった。突然のことに、ただ驚き、呆れるばかり。胸の鼓動が収まらない。「兵部卿宮様に叱られる。これから姫様はどうなってしまうのかしら」などと考え「頼りにする人が次々と先立ったのが不幸の始まりなのだ」という結論に達するのだった。泣いてしまいたいのだけど、悪い予感がして、必死に堪え、目をギラギラさせていた。
ここは使われていない建物のようで、仕切り布などはないのだった。ゲンジの君はコレミツを呼んで、仕切り布や屏風などを、あちらこちらに配置させる。仕切りの布を引っ張り、姫君の居場所を作ると、すぐに使えるような部屋なのである。ゲンジの君は、東の建物に夜具などを取りに行かせて寝るのだった。姫君は「何をされるの」と怖くてぶるぶる震えているのだが、声を出して泣いたりはしない。
「少納言と一緒に寝る」
と言う声が幼い。
「今日からは少納言と一緒に寝てはいけませんよ」
とゲンジの君がたしなめるのが、寂しくて、姫君は泣きながら寝るのだった。少納言の乳母は寝る気も失せて、放心していた。
だんだんと夜が明けてゆく。少納言の乳母があたりを見渡すと、建物の構造や飾りが唖然とするほど立派で、庭に撒いた砂が玉を重ねたように煌めいている。自分の居場所が無いような気分がするのだが、ここには自分以外の女官はいないのだった。形式的に客人を応接するする建物なので、警備の男達がスダレの外で見張りに立っているだけだ。今回、ゲンジの君が女を連れてきたと耳にした者は「誰だろう。よっぽどの女だろう」と噂している。ゲンジの君の洗面具と朝粥が、この建物に運ばれる。日が昇りきった頃に目覚めて、
「女官がいないと良くないな。夕方になってから適当な人を呼びなさい」
とゲンジの君は言って、東の建物の女の童を呼び寄せてやる。「小さい子だけ集まれ」と言ったので、可愛らしい子供が四人ほど遊びに来た。姫君は着物に包まれて眠っているのだが、ゲンジの君は無理にでも目覚めさせる。
「不貞寝はいけません。私が変質者だったら、こんなに優しくしませんよ。女の子は思いやりが大切なのだから」
と早くも調教がはじまるのだった。姫君の顔は遠くから見るよりも、ずっと綺麗だった。ゲンジの君は優しく語りかけ、面白い絵や玩具を取り寄せて見せたり、媚びを売る。目覚めて見つめている姫君は、着古して柔らかくなった鼠色の喪服を着ている。姫君が、無邪気に笑ったりすると、ゲンジの君は嬉しくて、自然と笑みがこぼれるのだった。
ゲンジの君が東の建物に渡ってしまった頃、姫君は立ち上がって、庭の木々、池の方角を覗いてみる。霜に枯れた植え込みが絵に描いたようで、見たこともない四位、五位の貴公子たちが、黒や赤の正装を身にまとって行き交っている。姫君は「本当に素敵な場所」と思った。屏風に描かれた華やかな絵を見て惚れ惚れしているのだから他愛ない。
ゲンジの君は、二、三日も後宮には行かず、この姫君を懐かせるのに余念がなかった。そのまま手本にするつもりで、習字や絵をたくさん書いて見せるのだった。どれも見事に書いて集める。姫君は「武蔵野は知らない場所でも愚痴がでるきっとそれは紫だから」と墨の具合が絶妙な、紫の紙に書いてある一枚を取り出して見取れている。そこには、小さな文字でゲンジの君の和歌が、
根っこまで見ずに恋した武蔵野の露もえにしは紫の花
と書いてあるのだった。
「さあ、あなたも書いてごらん」
とゲンジの君が言う。
「うまく書けないの」
と見上げる若紫の顔があどけなく可愛くて仕方ないので、ゲンジの君は、微笑みながら、
「うまく書けないからって、何も書かなかったら上達しないよ。私が教えてあげるから」
と言うと、横を向いて書きはじめる。その手つきがや、筆づかいが危なっかしい。ゲンジの君は「何でこんなに愛おしいのだろう」と自分の気持ちが不思議なのだった。若紫が「書き間違えた」と恥ずかしがって隠したのを、無理矢理奪って見てみると、
根に持った理由がわからず咲く草はどんなえにしがあるか知りたい
と子供らしく書かれているのだった。それでも筋が良さそうで、将来が楽しみである。ふくよかに書かれた文字は、先だった尼君の文字を彷彿させる。ゲンジの君は「今めいた文字を覚えたら、どんなに良く書くだろうか」と思うのだった。人形遊びをするにも、ゲンジの君は、わざわざ家まで作って並べ、若紫と一緒に遊び、これ以上ない気晴らしになった。
荒ら屋に残された女官たちは、迎えに来た兵部卿宮の尋問に答える術がなく戸惑った。ゲンジの君が「しばらくは誰にも言うな」と箝口令を出してあり、少納言の乳母もそれに同意しているので、何も言えない。ただ「少納言が連れ出して隠したようで、行方不明です」とだけ答えた。兵部卿宮も諦めたようで、
「亡くなった尼君も姫を、私に渡したがらなかったからね。乳母風情が余計な心配をしたんだろう。一言、渡すのは困ると言えばいいものを、勝手にどこかに連れて行ったのか」
と渋々帰るのだった。
「もし見つけたら教えるように」
という兵部卿宮の言葉に女官たちは耳が痛かった。兵部卿宮は僧都の所にも聞いてみたのだが、さっぱり行方がわからなかった。姫君の惜しむべき美貌を思い出し、恋しく悲しかった。北の方も、姫君の母親への恨みさえ忘れて、思い通りに教育しようと思った矢先の肩すかしだったので、残念で仕方ない。
だんだんと二条院にも女官たちが集まってきた。若紫の遊び相手の女の童は、今をときめく雰囲気に喜び、元気いっぱい遊んでいる。若紫は、ゲンジの君が留守の夕方に、尼君を思い出して泣くこともあったが、兵部卿宮のことは思い出さなかった。はじめから別居していたのだから、今は新しい父親を慕って、本当の兄妹よりも仲良くじゃれついている。ゲンジの君が帰ってくると、真っ先に出迎えて、何でも話した。胸に抱かれても嫌がったり恥ずかしがったりしない。そんな仕草が言葉にならないぐらい可愛いのだった。
普通、大人の恋は駆け引きである。そのうちに面倒くさくなってきて、恋心に亀裂が走るのが世の常だ。男は自分の心を再確認し、女は嫉妬ばかりする。だから諍いは自然に勃発するのである。これは恋愛ごっこなのだから心配ない。通常、実の娘でも、これぐらいの年齢になれば、父親に心を許して一緒に寝たりしないだろう。だから、こんなに不思議で大切な妹だと、ゲンジの君は思っているらしいのだった。
(原文)
君は大殿におはしけるに、例の女君、とみにも対面したまはず。ものむつかしくおぼえたまひて、あづまをすが掻きて、「常陸には田をこそつくれ」といふ歌を、声はいとなまめきて、すさびゐたまへり。
参りたれば、召し寄せてありさま問ひたまふ。しかじかなど聞こゆれば、口惜しう思して、かの宮に渡りなば、わざと迎へ出でむも、すきずきしかるべし、幼き人を盗み出でたりと、もどき負ひなむ、その前に、しばし人にも口がためて、渡してむ、と思して、
「暁、かしこにものせむ。車の装束さながら、随身一人二人仰せおきたれ」
とのたまふ。うけたまはりて立ちぬ。君、いかにせまし、聞こえありて、すきがましきやうなるべきこと、人のほどだにものを思ひ知り、女の心かはしける事と、推しはかられぬべくは、世の常なり、父宮の尋ね出でたまへらむも、はしたなうすずろなるべきを、と思し乱るれど、さてはづしてむはいと口惜しかべければ、まだ夜深う出でたまふ。女君、例のしぶしぶに、心もとけずものしたまふ。
「かしこにいとせちに見るべき事のはべるを、思ひたまへ出でてなん。立ちかへり参り来なむ」
とて、出でたまへば、さぶらふ人々も知らざりけり。わが御方にて、御直衣などは奉る。惟光ばかりを馬に乗せておはしぬ。
門うち叩かせたまへば、心も知らぬものの開けたるに、御車をやをら引き入れさせて、大夫妻戸を鳴らしてしはぶけば、少納言聞き知りて、出で来たり。
「ここに、おはします」
と言へば、
「幼き人は御殿籠りてなむ。などか、いと夜深うは出でさせたまへる」
と、もののたよりと思ひて言ふ。
「宮へ渡らせたまふべかなるを、その前に聞こえおかむとてなむ」
とのたまへば、
「何ごとにかはべらむ。いかにはかばかしき御答へ聞こえさせたまはむ」
とて、うち笑ひてゐたり。君入りたまへば、いとかたはらいたく、
「うちとけて、あやしきふる人どものはべるに」
と聞こえさす。
「まだおどろいたまはじな。いで御目さましきこえむ。かかる朝霧を知らでは寝るものか」
とて入りたまへば、「や」ともえ聞こえず。君は、何心もなく寝たまへるを、抱きおどろかしたまふに、おどろきて、宮の御迎へにおはしたる、と寝おびれて思したり。御髪掻きつくろひなどしたまひて、
「いざたまへ。宮の御使にて参り来つるぞ」
とのたまふに、あらざりけり、とあきれて、おそろしと思ひたれば、
「あな心う。まろも同じ人ぞ」
とて、かき抱きて出でたまへば、大夫少納言など、「こはいかに」と聞こゆ。
「ここには、常にもえ参らぬがおぼつかなければ、心やすき所にと聞こえしを、心うく渡りたまへるなれば、まして聞こえがたかべければ。人ひとり参られよかし」
とのたまへば、心あわたたしくて、
「今日はいと便なくなむはべるべき。宮の渡らせたまはんには、いかさまにか聞こえやらん。おのづから、ほど経てさるべきにおはしまさば、ともかうもはべりなむを、いと思ひやりなきほどのことにはべれば、さぶらふ人々苦しうはべるべし」
と聞こゆれば、
「よし、後にも人は参りなむ」
とて、御車寄せさせたまへば、あさましう、いかさまに、と思ひあへり。若君も、あやしと思して泣いたまふ。少納言、とどめきこえむ方なければ、昨夜縫ひし御衣どもひきさげて、みづからもよろしき衣着かへて乗りぬ。
二条院は近ければ、まだ明うもならぬほどにおはして、西の対に御車寄せて下りたまふ。若君をば、いと軽らかにかき抱きて下ろしたまふ。少納言、
「なほいと夢の心地しはべるを、いかにしはべるべきことにか」
とやすらへば、
「そは心ななり。御みづから渡したてまつりつれば、帰りなむとあらば、送りせむかし」
とのたまふに、わらひて下りぬ。にはかに、あさましう、胸も静かならず。宮の思しのたまはむこと、いかになりはてたまふべき御ありさまにか、とてもかくても、頼もしき人々に後れたまへるがいみじさ、と思ふに、涙のとまらぬを、さすがにゆゆしければ、念じゐたり。
こなたは住みたまはぬ対なれば、御帳などもなかりけり。惟光召して、御帳御屏風など、あたりあたりしたてさせたまふ。御几帳の帷子引き下ろし、御座などただひきつくろふばかりにてあれば、東の対に、御宿直物召しに遣わして、大殿籠りぬ。若君は、いとむくつけく、いかにすることならむ、とふるはれたまへど、さすがに声たててもえ泣きたまはず。
「少納言がもとに寝む」
とのたまふ声いと若し。
「いまは、さは大殿籠るまじきぞよ」
と、教へきこえたまへば、いとわびしくて泣き臥したまへり。乳母はうちも臥されず、ものもおぼえず、起きゐたり。
明けゆくままに見わたせば、殿の造りざま、しつらひざま、さらにもいはず、庭の砂子も玉を重ねたらむやうに見えて、かかやく心地するに、はしたなく思ひゐたれど、こなたには女などもさぶらはざりけり。けうとき客人などの参るをりふしの方なりければ、男どもぞ御廉の外にありける。かく人迎へたまへり、と聞く人、「誰ならむ。おぼろけにはあらじ」とささめく。御手水御粥など、こなたにまゐる。日高う寝起きたまひて、
「人なくてあしかめるを、さるべき人々、タづけてこそは迎へさせたまはめ」
とのたまひて、対に童べ召しに遣わす。「小さきかぎり、ことさらに参れ」とありければ、いとをかしげにて、四人参りたり。君は御衣にまとはれて臥したまへるを、せめて起こして、
「かう心うくなおはせそ。すずろなる人は、かうはありなむや。女は、心やはらかなるなむよき」
など、今より教へきこえたまふ。御容貌は、さし離れて見しよりも、きよらにて、なつかしううち語らひつつ、をかしき絵遊び物ども取りに遣わして、見せたてまつり、御心につく事どもをしたまふ。やうやう起きゐて見たまふに、鈍色のこまやかなるが、うち萎えたるどもを着て、何心なくうち笑みなどしてゐたまへるが、いとうつくしきに、我もうち笑まれて見たまふ。
東の対に渡りたまへるに、たち出でて、庭の木立、池の方などのぞきたまへば、霜枯れの前栽絵にかけるやうにおもしろくて、見も知らぬ四位五位こきまぜに、隙なう出で入りつつ、げにをかしき所かな、と思す。御屏風どもなど、いとをかしき絵を見つつ、慰めておはするもはかなしや。
君は二三日内裏へも参りたまはで、この人をなつけ語らひきこえたまふ。やがて本にと思すにや、手習絵などさまざまにかきつつ見せたてまつりたまふ。いみじうをかしげにかき集めたまへり。「武蔵野といへばかこたれぬ」と紫の紙に書いたまへる、墨つきのいとことなるを取りて見ゐたまへり。すこし小さくて、
ねは見ねどあはれとぞ思ふ武蔵野の露わけわぶる草のゆかりを
とあり。
「いで君も書いたまへ」
とあれば、
「まだようは書かず」
とて、見上げたまへるが、何心なくうつくしげなれば、うちほほ笑みて、
「よからねと、むげに書かぬこそわろけれ。教へきこえむかし」
とのたまへば、うちそばみて書いたまふ手つき、筆とりたまへるさまの幼げなるも、らうたうのみおぼゆれば、心ながらあやしと思す。「書きそこなひつ」と恥ぢて隠したまふを、せめて見たまへば、
かこつべきゆゑを知らねばおぼつかないかなる草のゆかりなるらん
と、いと若けれど、生ひ先見えて、ふくよかに書いたまへり。故尼君のにぞ似たりける。今めかしき手本習はば、いとよう書いたまひてむ、と見たまふ。雛など、わざと屋ども作りつづけて、もろともに遊びつつ、こよなきもの思ひのまぎらはしなり。
かのとまりにし人々、宮渡りたまひて尋ねきこえたまひけるに、聞こえやる方なくてぞわびあへりける。「しばし人に知らせじ」と君ものたまひ、少納言も思ふことなれば、せちに口がためやりたり。ただ、「行く方も知らず、少納言が率て隠しきこえたる」とのみ聞こえさするに、宮も言ふかひなう思して、
「故尼君もかしこに渡りたまはむことを、いとものしと思したりしことなれば、乳母のいとさし過ぐしたる心ばせのあまり、おいらかに、渡さむを便なしなどは言はで、心にまかせて、率てはふらかしつるなめり」
と泣く泣く帰りたまひぬ。
「もし聞き出でたてまつらば告げよ」
とのたまふもわづらはしく。僧都の御もとにも尋ねきこえたまへど、あとはかなくて、あたらしかりし御容貌など恋しくかなし、と思す。北の方も、母君を憎しと思ひきこえたまひける心もうせて、わが心にまかせつべう思しけるに違ひぬるは、口惜しうおぼしけり。
やうやう人参り集りぬ。御遊びがたきの童べ児ども、いとめづらかに今めかしき御ありさまどもなれば、思ふことなくて遊びあへり。君は、男君のおはせずなどしてさうざうしき夕暮などばかりぞ、尼君を恋ひきこえたまひて、うち泣きなどしたまへど、宮をばことに思ひ出できこえたまはず。もとより見ならひきこえたまはでならひたまへれば、今はただこの後の親を、いみじう睦びまつはしきこえたまふ。ものよりおはすれば、まづ出でむかひて、あはれにうち語らひ、御懐に入りゐて、いささかうとく恥づかしとも思ひたらず。さる方に、いみじうらうたきわざなりけり。
さかしら心あり、何くれとむつかしき筋になりぬれば、わが心地もすこし違ふふしも出で来やと、心おかれ、人も恨みがちに、思ひのほかのこと、おのづから出で来るを、いとをかしきもてあそびなり。むすめなどはた、かばかりになれば、心やすくうちふるまひ、隔てなきさまに臥し起きなどは、えしもすまじきを、これは、いとさま変りたるかしづきぐさなり、と思ほいためり。
(註釈)
1 あづま
・東琴で和琴のこと。六弦の琴。
2 すが掻く
・和琴の演奏法。
3 常陸には田をこそつくれ
・常陸には田をこそ作れ、あだ心、や、かぬとや君が、山を越え野を越え、雨夜来ませる 風俗歌 「常陸」
4 鈍色
・薄い墨色。尼君の喪中のため、鈍色の着物を着る。
5 武蔵野といへばかこたれぬ
・知らねども武蔵野といへばかこたれぬよしやさこそは紫のゆゑ 「古今六帖」
若紫の帖 七 兵部卿宮、若紫を訪問する
(現代語訳)
ゲンジの君が帰った後、ちょうどその日に父の兵部卿宮が、アゼチの大納言の屋敷にやって来た。ますます荒廃している広くて古い建物に、人数少なく寂しく暮らしているのを見て、
「小さな子供が、こんなところでどうやって生きていくと言うのですか。やはり私の家に引き取ろう。そんなに以後小土地の悪い場所じゃありませんよ。少納言の乳母は、部屋を用意しましょう。姫君には小さな異母兄弟もいますから、一緒に遊んだら、とても楽しいでしょう」
と言うのだった。側へと呼び寄せると、昨夜のゲンジの君の移り香がするので、悪趣味極まったが、
「おや、良い香りがするね。だけど、着物が皺くちゃだ」
と兵部卿宮は痛ましく思うのだった。
「とかく病気ばかりしている老人と一緒にいるよりは、たまには家に遊びに来て水入らずにと話していたのだが、お祖母様は、許してくれなかった。家にいる人も臍を曲げていたのだが、こんなことになって姫君を引き取るのだから、忍びないな」
「そうでございます。心配ですから、しばらくはここで育てようと思います。もう少しわきまえができるようになってから引き取って頂いた方がよろしいでしょう」
と理解を求めるのだった。
「夜も昼も構わず、お祖母様恋しさに泣いておりますので、食欲もないようで」
と少納言の乳母が説明するのだが、確かに痩せている。それが、凛々しく可愛らしいので、むしろ美しいのだった。
「どうして泣くの。死んだ人は生き返らないんだよ。お父様がいるではないですか」
と兵部卿宮が幼い姫君を慰める。日が暮れる前に兵部卿宮が帰ろうとするので、幼い姫君は「寂しい」と思って泣くので、兵部卿宮も泣けてくるのだった。
「そんなに泣いたら駄目だよ。今日、明日のうちにお迎えに来ますから」
と兵部卿宮は、あらゆる方法であやして帰って行った。幼い姫君は、兵部卿宮が帰った後も寂しくて、ひたすら泣いていた。自分の将来のことなど考えて泣いてくるのでなく、ただいつも一緒だった尼君が、今はもういないのだと思って泣くのである。子供の考えることだが、胸が潰れる思いがして、いつものようには遊ばない。それでも昼間は堪えているようだが、日が暮れると、滅入ってしまう。「こんな様子で、どうやって生きていくのかしら」と慰めようもなく、少納言の乳母たちも泣くしかなかった。
その夜、ゲンジの君はコレミツを遣わした。
「今夜もそちらに行くはずだったのですが、ミカドから呼び出しがあって行けません。いたいけない人が心配です」
と伝言して、コレミツは家来に警備の指示を出す。
「嫌なこと。戯れ言にしても、もう結婚したような気で、手の混んだことを」
「兵部卿宮様に知れたら、付き人の不注意だと叱られるわ」
「大変。姫様、お父様とお話しても、うっかり口を滑らせて、ゲンジの君のことを言ってはいけませんよ」
などと女官たちは言うのだった。幼い姫君は、その意味が理解できないのだから、話しにならない。少納言の乳母は、コレミツに不安を打ち明けるのだった。
「時間が絶って、もしお二人が運命の人であれば、逃れられない結婚でもありましょう。ただ、今はまだ全く不似合いな二人ではないですか。幼い姫様に言い寄ってくるのが気持ち悪いので、いったい何を考えているのかと思ってしまうんです。今日、父宮様がいらっしゃって『変態には気をつけなさい。くれぐれも間違いの無いように』と釘を刺されました。そんなことを言われたばかりなのに、こういう嫌らしいことをされて迷惑なのです。ずっと平和に暮らしてきたのに」
と言いながら、あまり悲しそうにしていると、「この人に、何か変態めいた行為があったと誤解される」と思って口を閉ざす。コレミツも「何があったんだろう」と釈然としない。
コレミツが戻り、状況を報告する。ゲンジの君は、可哀想に思うのだが、夫婦のように通うのも下品な気がした。世間から、「変態が血迷った」と馬鹿にされるのも癪なので、「もう誘拐するしかない」という結論に至ったのだった。
ゲンジの君は、手紙を佃煮にするほど差し出す。日が暮れると、いつものようにコレミツを使者に飛ばす。
「事情があって行けないのですが、薄情だと思っていないでしょうか」
と手紙に書いてある。少納言の乳母は、
「兵部卿宮様が、急に明日迎えに来ることになりまして、立て込んでおります。長年住みなれた草生い茂る家でも離れるのは寂しくて、女官たちも戸惑っていますわ」
と言葉数も少ない。コレミツは適当にあしらわれ、縫い物や引っ越しの準備に慌ただしいようなので、撤収することにした。
(原文)
かしこには、今日しも、宮渡りたまへり。年ごろよりもこよなう荒れまさり、広うもの古りたる所の、いとど人少なにさびしければ、見わたしたまひて、
「かかる所には、いかでか、しばしも幼き人の過ぐしたまはむ。なほかしこに渡したてまつりてむ。何のところせきほどにもあらず。乳母は、曹司などしてさぶらひなむ。君は、若き人々あれば、もろともに遊びて、いとようものしたまひなむ」
などのたまふ。近う呼び寄せたてまつりたまへるに、かの御移り香の、いみじう艶に染みかへらせたまへれば、
「をかしの御匂ひや。御衣はいと萎えて」
と心苦しげに思いたり。
「年ごろも、あつしくさだすぎたまへる人に添ひたまへるよ。かしこに渡りて見ならしたまへなどものせしを、あやしう疎みたまひて、人も心おくめりしを、かかるをりにしもものしたまはむも、心苦しう」
などのたまへば、
「何かは。心細くとも、しばしはかくておはしましなむ。すこしものの心思し知りなむに渡らせたまはむこそ、よくははべるべけれ」
と聞こゆ。
「夜昼恋ひきこえたまふに、はかなきものも聞こしめさず」
とて、げにいといたう面痩せたまへれど、いとあてにうつくしく、なかなか見えたまふ。
「何か、さしも思す。今は世に亡き人の御ことはかひなし。おのれあれば」
など語らひきこえたまひて、暮るれば帰らせたまふを、いと心細しと思いて泣いたまへば、宮うち泣きたまひて、
「いとかう思ひな入りたまひそ。今日明日渡したてまつらむ」
など、かへすがへすこしらへおきて、出でたまひぬ。なごりも慰めがたう泣きゐたまへり。行く先の身のあらむことなどまでも思し知らず、ただ年ごろたち離るるをりなうまつはしならひて、今は亡き人となりたまひにける、と思すがいみじきに、幼き御心地なれど、胸つとふたがりて、例のやうにも遊びたまはず、昼はさても紛らはしたまふを、タ暮となれば、いみじく屈したまへば、かくてはいかでか過ごしたまはむ、と慰めわびて、乳母も泣きあへり。
君の御もとよりは、惟光を奉れたまへり。
「参り来べきを、内裏より召しあればなむ。心苦しう見たてまつりしも、静心なく」
とて、宿直人奉れたまへり。
「あぢきなうもあるかな。戯れにても、もののはじめにこの御ことよ」
「宮聞こしめしつけば、さぶらふ人々のおろかなるにぞさいなまむ」
「あなかしこ。もののついでに、いはけなくうち出できこえさせたまふな」
など言ふも、それをば何とも思したらぬぞあさましきや。少納言は、惟光にあはれなる物語どもして、
「あり経て後や、さるべき御宿世、のがれきこえたまはぬやうもあらむ。ただ今は、かけてもいと似げなき御ことと見たてまつるを、あやしう思しのたまはするも、いかなる御心にか、思ひよる方なう乱れはべる。今日も宮渡らせたまひて、『うしろやすく仕うまつれ、心幼くもてなしきこゆな』と、のたまはせつるも、いとわづらはしう、ただなるよりは、かかる御すき事も思ひ出でられはべりつる」
など言ひて、この人も事あり顔にや思はむ、など、あいなければ、いたう嘆かしげにも言ひなさず。大夫も、いかなることにかあらむ、と心得がたう思ふ。
参りてありさまなど聞こえければ、あはれに思しやらるれど、さて通ひたまはむも、さすがにすずろなる心地して、かるがるしう、もてひがめたると、人もや漏り聞かむなど、つつましければ、ただ迎へてむと思す。
御文はたびたび奉れたまふ。暮るれば、例の大夫をぞ奉れたまふ。
「さはる事どものありて、え参り来ぬを、おろかにや」
などあり。
「宮より、明日にはかに御迎へにとのたまはせたりつれば、心あわたたしくてなむ。年ごろの蓬生をかれなむも、さすがに心細く、さぶらふ人々も思ひ乱れて」
と、言少なに言ひて、をさをさあへしらはず、物縫ひいとなむけはひなどしるければ、参りぬ。
(註釈)
1 もののはじめ
・結婚後は、三日続けて通い続ける風習がある。
若紫の帖 六 尼君、ゲンジの若紫を托して他界する
(現代語訳)
あの山寺の尼君は、病が小康状態なので戻っていた。都の家へゲンジの君は、時々手紙を送った。当然、返事は毎回、同じ内容が記されている。だが、いつもより波瀾万丈だったここ数ヶ月は、他のことに手を付けている暇もなく流れていった。秋が終わる頃になり、ゲンジの君は、意味もなく寂しくなって、溜息ばかりついてる。月が気持ちよさそうに浮かんでいる夜だから、重たい腰を持ち上げて、密通に出かけようと思ったとたんに、時雨であった。目的地は六条京極である。後宮から出発したので、ゲンジの君は、「少し遠い」と思った。途中、風化した家があり、木立が鬱蒼としているのを見つめていると、いつも一緒にいるコレミツが、
「アゼチ大納言の家ですよ。この間、近くに来たついでに寄ってみたのですが、あの尼上が衰弱していました。思うに任せないと言って困っておりまして」
と言うので、ゲンジの君は、
「可哀想だな。見舞いに行けば良かったよ。教えてくれたら良かったのに。中に入って、私が来たと伝えてくれ」
と命令した。家来を中に入れて取り次ぎを求める。「わざわざこのために来ました」と伝えることも忘れなかったので、中に入り、
「今そこに、お見舞いに来ています」
と家来が言うので、取り次ぎが驚く。
「どうしましょう。ここ数日は容態が悪化しておりまして、面会謝絶でございます」
と答えても、門前払いできない相手なので、南側の廂の部屋を片付けて、ゲンジの君を応接した。
「下品な場所ですが、せめてお礼だけはさせてください。時ならぬ時なので、息苦しい座敷ですが」
と取り次ぎが言い訳するのだった。ゲンジの君も「これは本当に、むさ苦し場所へ来てしまった」と思う。
「いつもお伺いしたいと思っていたのですが、私など相手にして下さらないようなので、逡巡していました。こんなに病気が酷いとも知らなくて」
とゲンジの君が言う。
「長年患っている病気ですが、そろそろお迎えが来るようです。わざわざご足労頂いて恐縮しております。面会できない無礼をお許し下さい。あなた様の気持ちは心得ております。もし、そのお気持が、いつまでも変わらないようでしたら、孫がそれなりの年齢になってから、あなた様の女君たちの末席に加えてください。儚い子供を残して行くと思うと、死んでも死にきれない気分です」
と尼君が答える。近い場所にいるようで、息切れした声から動揺が伝わってくる。
「本当に身に余る思いです。この姫君が、せめてでも、ご挨拶できる年齢だったならよかった」
と尼君が言う。ゲンジの君が同情して、
「どうしてそのようなことを言うのですか。いい加減な気持ちでは、こんな色魔のようなお願いはできませんよ。運命の糸で繋がっていたのです。お孫さんを初めて見たときから胸騒ぎがして、忘れられないのです。不思議と現世だけで結ばれる関係だとは考えられません」
などと言い出す始末である。そして、
「いつもは片思いですが、どうかあの可愛らしい方の声を聞かせて下さい」
と言ってしまった。
「そんなことも知らずに、あの子は寝てしまいました」
と尼君が言っているそばから、バタバタと近づいてくる足音が聞こえる。
「おばあさま。お寺にいたゲンジの君が来たんだよ。どうして見に行かないの」
と脳天気な声がする。女官たちは体裁の悪さに「静かになさい」と制した。
「でも、ゲンジの君にお会いしたら、おばあさまは、病気が治ったって言っていたもの」
と自分では賢いことを言ったつもりで得意げだ。ゲンジの君は面白くて仕方ないのだが、女官たちが慌てふためいているので、聞こえないふりをする。ありったけの見舞いの言葉を伝えて、その日は撤収したのだった。「本当に子供なんだな。でも、ちゃんと教育したら」などと性懲りもない。翌日も、ゲンジの君は尼君に心を込めて見舞いをする。例のごとく、小さく結んだ手紙も忘れずに。
「雛鶴の一声聞いたその日から舟になる我蘆間さまよう
私の気持ちは変わりません」
と子供にも読める筆跡で書いた。それが上出来なので、女官たちは「お習字のお手本にしたらいいのに」と言うのだった。この手紙は少納言の乳母が書いた。
「お見舞い頂きました尼君は危篤でして、今日一日も危ない状態です。山寺に戻りました。こうお便りを頂いたので、あの世からお礼を申し上げるでしょう」
とあった。ゲンジの君の胸が痛む。秋の夕日が暮れていく。ゲンジの君は、いつも心を揺さぶる人に想いを飛ばすのだった。その人と血縁がある人を手に入れたいとも追い詰められるのだろう。尼君が「自分の消える空がない」と詠んだ、あの夕方のことを思い出した。あの美少女が恋しくもあり、見込み違いだったらどうしようかと弱気にもなって一首詠んだ。
いつの日かこの手に摘もう藤の根と繋がっている野辺の若草
十一月になると、ミカドは朱雀院へお出ましになる。舞う人には、上流家庭の子息や、高級官僚、殿上役人でも、音楽の才能がある者は手当たり次第、かき集められた。皇子たちや大臣も例外では無かったので、皆、稽古に余念がない。ゲンジの君も忙しかった。山里の尼君を久しく見舞っていなかったことを思い出して、ゲンジの君は、ことさらに使者を飛ばした。だが、僧都から返事があっただけなのだった。
「先月の二十日過ぎに、姉が他界しました。世のことわりとは知りながら悲しみに暮れております」
と書いてあるのを見て、ゲンジの君は、「命は儚い」と思った。「尼君が案じていた幼い人はどうしているだろう。子供っぽい人だったから、お祖母様が恋しくて泣いているに違いない」と。自分が母の御息所に先立たれた時のことを、漠然と思い出し、熱心に弔った。少納言も丁重に対応する。
幼い人の忌引が過ぎて都に戻ったという情報を知って、しばらくしてから、時間ができた夜に、ゲンジの君、本人が自ら訪ねた。人の気配がない場所の廃墟めいた建物なので、ゲンジの君は「幼い人が、どれだけ怖がっているだろうか」と余計な心配をしている。例の南の廂の座敷に通されて、少納言が涙ながらに今際の物語をするので、ゲンジの君も自動的に貰い泣きをするのだった。
「父親の兵部卿宮の屋敷に引き取って貰うことになっています。姫のお母様が、いじめられて苦労しておりましたし、この子は、何も理解できない子供というわけでもなくて、それでも、世渡りができる年齢でもないんです。こんな中途半端な子供が、大勢の子供の中で、やっていけるものだろうかと、尼君がいつも心配していました。あながち杞憂でもないので、あなたの無計画な言葉でさえ、無謀だと思いつつ有り難く思わないこともありません。ただ、どう考えても、あなたに相応しい所が見つからないのです。それに、実際の年齢よりも子供じみているので、恥ずかしいのです」
と少納言の乳母が言う。
「なぜ、何度も同じ事を言わせるのですか。そんなに牽制されなくても。そんな幼い人が私は好きなのです。冷静に考えても、私たちは、何か特別な縁で結ばれていると思わずにはいられません。あなたに話しても無駄だ。直接、あの子と話させて下さい。
寄せ返す波になっても繰り返す幼い人を一目見るまで
私を馬鹿にしているのですか」
とゲンジの君に火が付いた。少納言の乳母は、
「お言葉が無駄になります」
と言って、
「寄せ返す波に打たれてなびくのは玉藻ぐらいの軽い浮き草
滅茶苦茶ですわ」
と当意即妙に返すのが馴れているので、ゲンジの君は許してやる気にもなるのだった。鎮火したゲンジの君が「なぞ越え難き逢坂の関」と和歌のさわりを口ずさむから、若い女官たちがときめいている。
幼い姫君は尼君が恋しくて、夜泣きしているのだが、遊び相手の子供達が「直衣を着た人がいるよ。兵部卿宮様が来たんだよ」と言うので起き上がった。
「少納言、直衣を着た人はどこ。お父様なの」
と言って、少納言の乳母に近寄る声が可愛い。
「私は宮様ではないよ。だけど、あやしいお兄さんでもないから、こっちへおいで」
とゲンジの君が言った。幼い姫君は「あの綺麗な人だ」と咄嗟に関知して「変なことを言っちゃった」と思ったのか、少納言の乳母の近くへ逃げていった。
「あっちへ行こう。眠いもの」
と誤魔化す。
「もう怖がらなくてもいいんだよ。この膝の上で眠りなさい。さあこっちへ」
とゲンジの君が言うので、少納言の乳母は危険を察知し、
「申し上げたとおり、こんなに子供ですから」
とゲンジの君の前に押し出すと、姫君が邪気無く座った。仕切った布に手を滑らせて探ってみると、くたびれた着物の上に、さらさらとした髪の毛の感触があり、可愛らしい子供なのが確認できた。そっと手を握ると、知らない人が近くにいるのが気持ち悪くて、
「ねむいのに」
と姫君が手を引っ込めた。その手の軌道に沿ってゲンジの君が滑り込み、
「これからは私があなたのお兄さんだ。嫌いにならないで」
と言うのだった。少納言の乳母が、
「いけません。何という無茶なことを。いくらお話ししても無駄です」
と真っ青になっているので、ゲンジの君は、
「いくら私でも、こんな幼い人には発情しませんよ。私の真剣な想いを見守って下さい」
と言った。
外は霰が降り乱れ、気味の悪い夜だった。
「少ない数の人が、こんな物騒な場所に住んでいられるわけがない」
とゲンジの君が涙まじりに言う。このまま見捨てて帰るのは、彼には不可能だったので、
「跳ね上げ扉を閉めなさい。こんな恐ろしい夜だから、私が姫君の家来になってお守りしましょう。みんな近くに集まりなさい」
と馴れた様子で当然のように部屋の中へ入ってくる。ゲンジの君が、大それたことを平然とやってのけるので、一同唖然とするのだった。少納言のメノトは困り果てて焦るのだが、騒いでも仕方ないので、溜息ひとつ、観念したようだ。幼い姫君は、ただ恐怖に、自分の置かれている状況を理解できず震えている。美しい肌が寒気で毛羽立てるのを、ゲンジの君は可愛らしく思う。ゲンジの君は肌着を着せて、包み込むように抱き上げた。そんな自分を「私は変態かも知れない」と一瞬思いつつ、じっくりと姫君と物語った。
「私の所へおいで。綺麗な絵がたくさんあって、お人形遊びもできますよ」
と気を引くような話をするのが、とても優しいので、幼心にも怖さが和らいでいった。それでも気色悪くて眠れない。そわそわしながら寝っ転がっている。
夜風が強く、吹きやまなかった。
「こうしてゲンジの君が来て下さらなかったら、どんなに恐ろしかったかしら」
「どうせなら、姫様がお似合いの年頃であって欲しかったわ」
などと女官たちが小声で話していた。少納言の乳母は、心配で仕方ないので近くで監視をしつづけた。風が少し弱まった頃、まだ暗い夜のうちに引き上げるのが、秘め事めいている。
「あの可愛い人を見てしまった今は、もう片時も忘れることができません。私が退屈しながら暮らしている屋敷に連れて行きます。いつまでも、こんな所にいてはいけません。姫君は私を怖がりませんでしたよ」
とゲンジの君が言うので、少納言の乳母が、
「兵部卿宮様も迎えに来ると言っているらしいのですが、尼君の四十九日が終わってからと思いまして」
と答える。ゲンジの君は、
「確かに兵部卿宮は頼りがいのある人だ。でも、今まで別に暮らしていた人ですよ。他人のように思うでしょうね。私たちの出会いは始まったばかりですが、この気持ちはお父上に負けません」
と髪を掻き上げて、振り返りざまに去ったのだった。
濃霧に包まれた空がいつもと違って見え、地面には真っ白な霜が立った。ゲンジの君は、本当の別宅帰りだったならばと思うと、今朝は少し物足りない。いつも隠密に通っている女の家を通り過ぎる頃、ゲンジの君は思い出して門を叩かせた。それを聞く人がいないので、仕方なく、いちばん声の張る家来に命じて、歌を読ませた。
夜明けまえ霧立つ空に迷っても素通りできぬ人の家かな
と二回ばかり繰り返して読むと、家の中から賢そうな女中が出てきて、
立ち止まる霧の垣根を過ぎ去れば草の扉が開くあけぼの
と言ったまま中へ引っ込んでしまう。そのまま何も起きなかったので、このまま帰るのもつまらないと思いながら、開けてゆく空の下を、とぼとぼと二条院へ向かった。
あの可愛らしい幼い姫君の面影がちらついて仕方ないので、ゲンジの君はニヤニヤしながら睡った。日が昇ってから起床し、手紙を書こうと思うのだが、いつもと勝手が違う。書くべき歌も、恋人宛ではないので、筆を置いて、思うままに任せた。綺麗な絵を一緒に添えて。
(原文)
かの山寺の人は、よろしくなりて出でたまひにけり。京の御住み処尋ねて、時々の御消息などあり。同じさまにのみあるもことわりなるうちに、この月ごろは、ありしにまさるもの思ひに、ことごとなくて過ぎゆく。秋の末つ方、いともの心細くて嘆きたまふ。月のをかしき夜、忍びたる所に、からうじて思ひたちたまへるを、時雨めいてうちそそく。おはする所は六条京極わたりにて、内裏よりなれば、すこしほど遠き心地するに、荒れたる家の、木立いとものふりて、木暗く見えたるあり。例の御供に離れぬ惟光なむ、
「故按察大納言の家にはべりて、もののたよりにとぶらひてはべりしかば、かの尼上、いたう弱りたまひにたれば、何ごともおぼえず、となむ申してはべりし」
と聞こゆれば、
「あはれのことや。とぶらふべかりけるを。などかさなむとものせざりし。入りて消息せよ」
とのたまへば、人入れて案内せさす。わざとかう立ち寄りたまへること、と言はせたれば、入りて、
「かく御とぶらひになむおはしましたる」
と言ふに、おどろきて、
「いとかたはらいたきことかな。この日ごろ、むげにいと頼もしげなくならせたまひにたれば、御対面などもあるまじ」
と言へども、帰したてまつらむはかしこしとて、南の廂ひきつくろひて入れたてまつる。
「いとむつかしげにはべれど、かしこまりをだにとて。ゆくりなう、もの深き御座所になむ」
と聞こゆ。げにかかる所は、例に違ひて思さる。
「常に思ひたまへたちながら、かひなきさまにのみもてなさせたまふに、つつまれはべりてなむ。なやませたまふこと重くともうけたまはらざりけるおぼつかなさ」
など聞こえたまふ。
「乱り心地は、いつともなくのみはべるが、限りのさまになりはべりて、いとかたじけなく立ち寄らせたまへるに、みづから聞こえさせぬこと。のたまはすることの筋、たまさかにも思しめしかはらぬやうはべらば、かくわりなき齢過ぎはべりて、かならずかずまへさせたまへ。いみじう心細げに見たまへおくなん、願ひはべる道のほだしに、思ひたまへられぬべき」
など聞こえたまへり。いと近ければ、心細げなる御声絶え絶え聞こえて、
「いとかたじけなきわざにもはべるかな。この君だに、かしこまりも聞こえたまつべきほどならましかば」
とのたまふ。あはれに聞きたまひて、
「何か、浅う思ひたまへむことゆゑ、かうすきずきしきさまを見えたてまつらむ。いかなる契りにか、見たてまつりそめしより、あはれに思ひきこゆるも、あやしきまで、この世の事にはおぼえはべらぬ」
などのたまひて、
「かひなき心地のみしはべるを、かのいはけなうものしたまふ御一声、いかで」
とのたまへば、
「いでや、よろづもの思し知らぬさまに、大殿籠り入りて」
など聞こゆるをりしも、あなたより来る音して、
「上こそ。この寺にありし源氏の君こそおはしたなれ。など見たまはぬ」
とのたまふを、人々いとかたはらいたしと思ひて、「あなかま」と聞こゆ。
「いさ、見しかば心地のあしさ慰みき、とのたまひしかばぞかし」
と、かしこきこと聞こえたりと思してのたまふ。いとをかしと聞いたまへど、人々の苦しと思ひたれば、聞かぬやうにて、まめやかなる御とぶらひを聞こえおきたまひて帰りたまひぬ。げに言ふかひなのけはひや、さりとも、いとよう教へてむ、と思す。またの日もいとまめやかにとぶらひきこえたまふ。例の小さくて、
「いはけなき鶴の一声聞きしより葦間になづむ舟ぞえならぬ
同じ人にや」
と、ことさら幼く書きなしたまへるも、いみじうをかしげなれば、やがて御手本に、と人々聞こゆ。少納言ぞ聞こえたる。
「訪はせたまへるは、今日をも過ぐしがたげなるさまにて、山寺にまかり渡るほどにて。かう訪はせたまへるかしこまりは、この世ならでも聞こえさせむ」
とあり。いとあはれと思す。秋の夕は、まして、心のいとまなく思し乱るる人の御あたりに心をかけて、あながちなる、ゆかりもたづねまほしき心もまさりたまふなるべし。「消えんそらなき」とありし夕、思し出でられて、恋しくも、また、見ば劣りやせむ、とさすがに危し。
手に摘みていつしかも見む紫のねにかよひける野辺の若草
十月に朱雀院の行幸あるべし。舞人など、やむごとなき家の子ども、上達部殿上人どもなども、その方につきづきしきは、みな選らせたまへれば、親王たち大臣よりはじめて、とりどりの才ども習ひたまふ。いとまなし。山里人にも、久しくおとづれたまはざりけるを、思し出でて、ふりはへ遣はしたりければ、僧都の返りごとのみあり。
「たちぬる月の二十日のほどになむ、つひにむなしく見たまへなして、世間の道理なれど、悲しび思ひたまふる」
などあるを見たまふに、世の中のはかなさもあはれに、うしろめたげに思へりし人もいかならむ、幼きほどに恋ひやすらむ、故御息所に後れたてまつりしなど、はかばかしからねど思ひ出でて、浅からずとぶらひたまへり。少納言、ゆゑなからず御返りなど聞こえたり。
忌みなど過ぎて、京の殿になど聞きたまへば、ほど経て、みづからのどかなる夜おはしたり。いとすごげに荒れたる所の、人少ななるに、いかに幼き人おそろしからむと見ゆ。例の所に入れたてまつりて、少納言、御ありさまなど、うち泣きつつ聞こえつづくるに、あいなう御袖もただならず。
「宮に渡したてまつらむとはべるめるを、故姫君のいと情なく、うきものに思ひきこえたまへりしに、いとむげに児ならぬ齢の、またはかばかしう人のおもむけをも見知りたまはず、中空なる御ほどにて、あまたものしたまふなる中の、あなづらはしき人にてや交りたまはんなど、過ぎたまひぬるも、世とともに思し嘆きつること、しるきこと多くはべるに、かくかたじけなきなげの御言の葉は、後の御心もたどりきこえさせず、いとうれしう思ひたまへられぬべきをりふしにはべりながら、すこしもなぞらひなるさまにもものしたまはず、御年よりも若びてならひたまへれば、いとかたはらいたくはべる」
と聞こゆ。
「何か、かうくり返し聞こえ知らする心のほどを、つつみたまふらむ。その言ふかひなき御心のありさまの、あはれにゆかしうおぼえたまふも、契りことになむ、心ながら思ひ知られける。なほ人づてならで、聞こえ知らせばや。
あしわかの浦にみるめはかたくともこは立ちながらかへる波かは
めざましからむ」
とのたまへば、
「げにこそいとかしこけれ」
とて、
「寄る波の心も知らでわかの浦に玉藻なびかんほどぞ浮きたる
わりなきこと」
と聞こゆるさまの馴れたるに、すこし罪ゆるされたまふ。「なぞ越えざらん」と、うち誦じたまへるを、身にしみて若き人々思へり。
君は、上を恋ひきこえたまひて泣き臥したまへるに、御遊びがたきどもの、「直衣着たる人のおはする。宮のおはしますなめり」と聞こゆれば、起き出でたまひて、
「少納言よ。直衣着たりつらむは、いづら。宮のおはするか」
とて、寄りおはしたる御声、いとらうたし。
「宮にはあらねど、また思し放つべうもあらず。こち」
とのたまふを、恥づかしかりし人と、さすがに聞きなして、あしう言ひてけり、と思して、乳母にさし寄りて、
「いざかし、ねぶたきに」
とのたまへば、
「いまさらに、など忍びたまふらむ。この膝のうへに大殿籠れよ。いますこし寄りたまへ」
とのたまへば、乳母の、
「さればこそ。かう世づかぬ御ほどにてなむ」
とて、押し寄せたてまつりたれば、何心もなくゐたまへるに、手をさし入れて探りたまへれば、なよよかなる御衣に、髪はつやつやとかかりて、末のふさやかに探りつけられたる、いとうつくしう思ひやらる。手をとらへたまへれば、うたて、例ならぬ人の、かく近づきたまへるは、恐ろしうて、
「寝なむといふものを」
とて強ひて引き入りたまふにつきて、すべり入りて、
「今は、まろぞ思ふべき人。なうとみたまひそ」
とのたまふ。
「いで、あなうたてや。ゆゆしうもはべるかな。聞こえさせ知らせたまふとも、さらに何のしるしもはべらじものを」
とて、苦しげに思ひたれば、
「さりとも、かかる御ほどをいかがはあらん。なほ、ただ世に知らぬ心ざしのほどを見はてたまへ」
とのたまふ。
霰降り荒れて、すごき夜のさまなり。
「いかで、かう人少なに、心細うて過ぐしたまふらむ」
とうち泣いたまひて、いと見捨てがたきほどなれば、
「御格子まゐりね。もの恐ろしき夜のさまなめるを、宿直人にてはべらむ。人々近うさぶらはれよかし」
とて、いと馴れ顔に御帳の内に入りたまへば、あやしう思ひの外にも、とあきれて、誰も誰もゐたり。乳母は、うしろめたうわりなしと思へど、荒らましう聞こえ騒ぐべきならねば、うち嘆きつつゐたり。若君は、いと恐ろしう、いかならんとわななかれて、いとうつくしき御肌つきも、そぞろ寒げに思したるを、らうたくおぼえて、単衣ばかりを押しくくみて、わが御心地も、かつは、うたておぼえたまへど、あはれにうち語らひたまひて、
「いざたまへよ。をかしき絵など多く、雛遊びなどする所に」
と、心につくべきことをのたまふけはひの、いとなつかしきを、幼き心地にも、いといたう怖ぢず、さすかにむつかしう、寝も入らずおぼえて、身じろき臥したまへり。
夜ひと夜風吹き荒るるに、
「げにかうおはせざらましかば、いかに心細からまし」
「同じくはよろしきほどにおはしまさましかば」
とささめきあへり。乳母は、うしろめたさに、いと近うさぶらふ。風すこし吹きやみたるに、夜深う出でたまふも、事あり顔なりや。
「いとあはれに見たてまつる御ありさまを、今はまして片時の間もおぼつかなかるべし。明け暮れながめはべる所に渡したてまつらむ。かくてのみはいかが。もの怖ぢしたまはざりけり」
とのたまへば、
「宮も御迎へになど聞こえのたまふめれど、この御四十九日過ぐしてや、など思うたまふる」
と聞こゆれば、
「頼もしき筋ながらも、よそよそにてならひたまへるは、同じうこそ疎うおぼえたまはめ。今より見たてまつれど、浅からぬ心ざしはまさりぬべくなむ」
とて、かい撫でつつ、かへりみがちにて出でたまひぬ。
いみじう霧りわたれる空もただならぬに、霜はいと白うおきて、まことの懸想もをかしかりぬべきに、さうざうしう思ひおはす。いと忍びて通ひたまふ所の、道なりけるを思し出でて、門うち叩かせたまへど、聞きつくる人なし。かひなくて、御供に声ある人して、うたはせたまふ。
あさぼらけ霧立つそらのまよひにも行き過ぎがたき妹が門かな
と二返りばかりうたひたるに、よしある下仕を出だして、
立ちとまり霧のまがきの過ぎうくは草のとざしにさはりしもせじ
と言ひかけて入りぬ。また人も出で来ねば、帰るも情なけれど、明けゆく空もはしたなくて、殿へおはしぬ。
をかしかりつる人のなごり恋しく、ひとり笑みしつつ臥したまへり。日高う大殿籠り起きて、文やりたまふに、書くべき言葉も例ならねば、筆うち置きつつすさびゐたまへり。をかしき絵などをやりたまふ。
(註釈)
1 同じ人にや
・堀江漕ぐ棚無し小舟漕ぎかへりおなじ人にや恋ひ渡りなむ 『古今集』 恋四 詠み人知らず
2 消えんそらなき
・前出の尼君の歌。おひ立たむありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消えんそらなき
3 忌み
・忌引のこと。祖父母の忌引は三十日程度、服喪は百五十日。人により等級があった。若紫は、祖母の忌引の約三十日後に北山から都に戻った。
4 なぞ越えざらん
・人知れぬ身は急げども年を経てなぞ越え難き逢坂の関 『後撰集』 恋三 伊尹
若紫の帖 五 ゲンジの君と藤壺の密会と懐胎
(現代語訳)
藤壺の宮は、体調を崩し里に帰っていた。ゲンジの君は、ミカドが心配し錯乱する様子に身につまされつつも、好機が到来を感じたのだった。ただ上の空で、どこに行く出もなく、後宮でも、二条院でも、昼間は放心していた。日が暮れると、王命婦を泣き落として密会のチャンスを窺った。
いかなる裏技を使ったのか、密会の準備が整った。ゲンジの君は、乾いた雑巾から血を絞り出す思いで会いに行く。情事は儚く夢のようにしか思えないのだった。ゲンジの君は身悶えする。藤壺の宮も、前回の情事の火傷を思い出した。人生の汚点なので、過失を繰り返してはいけないと心に誓っていたのだが、これで二度目なのだった。藤壺の宮が絶望に殺気立つ姿さえ、慈愛に満ちていた。それでも決して心を許すことなく、純真に恥じらっている。その様子が常人離れしているので、ゲンジの君は、「なぜここまで完璧な人なのだろう」と思い、孤独を感じた。ゲンジの君は、何を言ってみたところで、思いを伝えきれるはずはなかった。夜の明けない世界にまみれてしまいたいが、夏の短い夜である。ゲンジの君は、「かえって会わない方が良かった」と思った。
もう二度と逢える夜さえないのなら消えてしまえよ今夜の夢に
と嗚咽しながら一首詠むゲンジの君を、藤壺の宮は、さすがに不憫に思ったのか、
夢でない二人の悪夢が人に知れ風に吹かれることが怖くて
と思い詰めている。ゲンジの君は、「当然だ」と思い直視できない。王命婦がゲンジの君の衣類を取りまとめて持ってきた。
ゲンジの君は二条院に戻り、一日中、泣き伏していた。手紙を差し出しても、「いつものようにご覧になりません」と報告があるだけなので、今日に始まったことではないが、満たされないのだった。抜け殻になって、後宮にも行かず、二、三日閉じ籠もっていた。ミカドが「どうしたのか」と心配してくるので、ゲンジの君は生きた心地がしないのだった。
藤壺の宮も、ふしだらな運命を呪って吐息が混じった。病状も悪化し、「早く後宮に戻るように」と伝令に急かされるのだが、拒絶反応が出る。「どうしてこんなに気分が悪いのか」と考えれば、思い当たる節があるので、泣きたくなり、「どうなってしまうの」と憔悴しきっていた。夏の暑い間は寝たきりだった。妊娠が三ヶ月を迎えると、もう誰の目にもはっきりわかった。女官達が察して勘ぐるので、藤壺の宮は、呪われた宿命を呪うしかなかった。他人は知ったことではないので、「どうして三ヶ月になるのに、ミカドに伝えないのだろう」と理解に苦しんだ。藤壺の宮の心の中だけに、事実が確信となって居座っているのだった。
乳母の弁の君や、王命婦は風呂の世話などもしているので、すべてお見通しだった。不自然だと思うのだが、二人で相談しても手の施しようがないので、互いに無口だった。王命婦は、「避けられない宿命だったのでしょう」と動揺するのだった。後宮で待つ人たちには、悪霊のせいにして、懐妊に気がつかなかったと、誤魔化したのだろう。誰もがめでたく騙されていた。結果、ミカドは以前にも増して恋しく思うようになり、伝令が絶えないので、藤壺の宮は恐怖のあまり摩耗しきっていた。
ゲンジの中将も悪夢にうなされた。分析学者を呼んで夢判断をさせる。すると、衝撃の判定が弾き出されたのだった。
「この判定は目出度いことですが、悪い予感がします。お気を付けなさいませ」
と分析学者が言うので、ゲンジの君は用心のため、
「私の夢ではないぞ。他人の夢を話したのだ。夢が現実になるまで、口外するな」
と箝口令を出した。胸中では、「何が起こるのか」と戦慄を覚えていたのだが、藤壺の宮の懐妊を知ると、「もしや、このことかも知れない」と直感した。これ以上なく全身全霊を尽くして藤壺の宮に会いたがるのだが、王命婦は、取り返しの付かない深刻な事態が忌まわしく、密会の手引きなどもっての他だった。覚え書き程度の手紙も届かなくなり、ゲンジの君と藤壺の宮は音信不通になった。
七月になると、ようやく藤壺の宮が後宮に戻った。藤壺の宮の妊娠に、ミカドは喜び、溺愛ぶりは激しさを増した。少し大きくなったお腹とは裏腹に、苦しそうに頬が痩けている。それがまた類い希ない色っぽさを放っているのだった。ミカドは、以前のように朝から晩まで桐壺の館に通い詰めた。演奏会には誂え向きの季節なので、ゲンジの君を必要以上に呼び寄せて、琴や笛などあらん限りに演奏させた。ゲンジの君は必死に平静を装うのだが、堪えきれずに思いが溢れ出てしまう。藤壺の宮はそれを受信して胸が痛くなり、色々と思い続けた。
(原文)
藤壼の宮、なやみたまふことありて、まかでたまへり。上のおぼつかながり嘆ききこえたまふ御気色も、いといとほしう見たてまつりながら、かかるをりだにと、心もあくがれまどひて、いづくにもいづくにも参うでたまはず、内裏にても里にても、昼はつれづれとながめ暮らして、暮るれば、王命婦を責め歩きたまふ。
いかがたばかりけむ、いとわりなくて見たてまつるほどさへ、現とはおぼえぬぞわびしきや。宮もあさましかりしを思し出づるだに、世とともの御もの思ひなるを、さてだにやみなむ、と深う思したるに、いとうくて、いみじき御気色なるものから、なつかしうらうたげに、さりとてうちとけず、心深う恥づかしげなる御もてなしなどの、なほ人に似させたまはぬを、などかなのめなることだにうちまじりたまはざりけむ、と、つらうさへぞ思さるる。何ごとをかは聞こえつくしたまはむ。くらぶの山に宿も取らまほしげなれど、あやにくなる短夜にて、あさましうなかなかなり。
見てもまたあふよまれなる夢の中にやがてまぎるるわが身ともがな
とむせかへりたまふさまも、さすがにいみじければ、
世がたりに人や伝へんたぐひなくうき身を醒めぬ夢になしても
思し乱れたるさまも、いとことわりにかたじけなし。命婦の君ぞ、御直衣などは、かき集めもて来たる。
殿におはして、泣き寝に臥し暮らしたまひつ。御文なども、例の御覧じ入れぬよしのみあれば、常のことながらも、つらう、いみじう思しほれて、内裏へも参らで、二三日籠りおはすれば、また、いかなるにかと、御心動かせたまふべかめるも、恐ろしうのみおぼえたまふ。
宮も、なほいと心うき身なりけり、と思し嘆くに、なやましさもまさりたまひて、とく参りたまふべき御使しきれど、思しも立たず。まことに御心地例のやうにもおはしまさぬは、いかなるにかと、人知れず思すこともありければ、心うく、いかならむとのみ思し乱る。暑きほどはいとど起きも上がりたまはず。三月になりたまへば、いとしるきほどにて、人々見たてまつりとがむるに、あさましき御宿世のほど心うし。人は思ひよらぬことなれば、この月まで奏せさせたまはざりけること、と驚ききこゆ。わが御心ひとつには、しるう思し分くこともありけり。
御湯殿などにも親しう仕うまつりて、何ごとの御気色をもしるく見たてまつり知れる、御乳母子の弁、命婦などぞ、あやしと思へど、かたみに言ひあはすべきにあらねば、なほのがれがたかりける御宿世をぞ、命婦はあさましと思ふ。内裏には御物の怪のまぎれにて、とみに気色なうおはしましけるやうにぞ奏しけむかし。見る人もさのみ思ひけり。いとどあはれに限りなう思されて、御使などのひまなきもそら恐ろしう、ものを思すこと隙なし。
中将の君も、おどろおどろしうさま異なる夢を見たまひて、合はする者を召して問はせたまへば、及びなう思しもかけぬ筋のことを合はせけり。
「その中に違ひ目ありて、つつしませたまふべきことなむはべる」
と言ふに、わづらはしくおぼえて、
「みづからの夢にはあらず、人の御ことを語るなり。この夢合ふまで、また人にまねぶな」
とのたまひて、心の中には、いかなることならむと思しわたるに、この女宮の御こと聞きたまひて、もしさるやうもや、と思しあはせたまふに、いとどしくいみじき言の葉尽くし聞こえたまへど、命婦も思ふに、いとむくつけう、わづらはしさまさりて、さらにたばかるべき方なし。はかなき一行の御返りのたまさかなりしも、絶えはてにたり。
七月になりてぞ参りたまひける。めづらしうあはれにて、いとどしき御思ひのほど限りなし。すこしふくらかになりたまひて、うちなやみ面痩せたまへる、はた、げに似るものなくめでたし。例の明け暮れこなたにのみおはしまして、御遊びもやうやうをかしき空なれば、源氏の君もいとまなく召しまつはしつつ、御琴笛など、さまざまに仕うまつらせたまふ。いみじうつつみたまへど、忍びがたき気色の漏り出づるをりをり、宮もさすがなる事どもを、多く思しつづけけり。
1 くらぶの山
・「暗部山」で、京都の鞍馬にある歌枕。夜の明けない暗い場所の意味に使われる。墨染めのくらぶの山に入りし人惑ふを惑ふも帰りきななむ 『古今六帖』
2 中将の君
・ゲンジの官職はまだ中将であった。
若紫の帖 四 ゲンジの君、若紫を思って狂う
(現代語訳)
ゲンジの君は真っ先に後宮へと向かった。ミカドにここ数日の話をする。ミカドは「ずいぶんと窶れたね」と声を詰まらせている。聖の加持は目ぼしかったかどうか聞くので、ゲンジの君は詳しく説明した。
「やんごとない阿闍梨の器であろう。修行のしすぎで、出世の根回しどころではなかったのだな」
とミカドが感激する。そこへ義父の左大臣がやってきて、
「お迎えしたかったのですが、隠密のようでしたから余計なことは差し控えました。今日、明日は、安静になさいませ」
と言うや否や「すぐに送りましょう」と続けるので、ゲンジの君は「面倒な事になった」と思いつつも、拉致される羽目になってしまった。左大臣はゲンジの君を自分の車に詰め込んで、自分はお伴に縮こまる。ゲンジの君は身に余る扱いに、むしろバツが悪くて仕方がないのだった。
左大臣邸でもゲンジの君が収監されることを予想し、準備に抜かりがなかった。ゲンジの君が、すっかりご無沙汰していた間にも、屋敷はタマノウテナの如く磨き上げられ、万全の体制が整っていた。妻のアオイは当然ながら別室に潜伏しており、顔を合わせる気もないらしいのだった。左大臣が何とか説得して、しぶしぶ登場する。ただ絵巻物の姫君のように座って、微動だにせず硬直しているのだった。アオイが澄ました顔をしているので、ゲンジの君は、山での出来事を話してみるのだが、まだ絵の方がマシだと思う。とりつく島もないので、何か面白いことでも答えれば夫婦生活も営めそうだが、アオイは沈黙を決め込むので、気まずいだけなのだった。年々その兆候は強くなり、互いの溝が深くなるばかりなので、ゲンジの君は、阿呆らしくなってきて、
「たまには普通の夫婦らしくしてほしいね。私の闘病中にも、見舞い一つ無かったじゃないですか。今に始まったことでもないですけど、溜息も出ますよよ」
と言ってやった。アオイは一言、
「訪ねないのは、お辛くて?」
と冷ややかな目で見るばかり。そんなアオイは、後ずさりを覚えさせるほど綺麗だった。
「やっと口を開いたかと思ったら、毒舌ですか。訪ねないというのは、私たちのような夫婦には関係ない言葉ですよ。非道いことを言いますね。本当は私をバイ菌扱いするあなたに思い直してもらいたいと、色々と挑戦してみましたが、すべて裏目に出たようですね。負けました。命さえ長らえれば何とかなるでしょう」
とゲンジの君は寝室に立て籠もってしまった。アオイは相変わらず硬直したままだ。ゲンジの君は「何を言っても無駄だ」と思って、不貞寝をするのだが、沽券にかかわるのだろうか、疲れて眠そうな演技をして、「夫婦仲とは何ぞや」と考えていた。
ゲンジの君は、あの若草の少女が育っていく姿をこの目で見つづけたいと思った。尼君が、まだ結婚など考えられない年齢だと考えるのも当然である。こちらの提案は困難極まるが、いかなる手段を実行してでも、少女を引き取って、平坦な生活に起伏を作りたいと、ゲンジの君は思案した。「父親の兵部卿宮は貫禄があり、派手な男だが、美しさからは、かけ離れている。なぜ叔母君の藤壺女御に似ているのだろうか。やはり母親が同じだからだろうか」などと考える。そういう血縁の深さを思うと、ゲンジの君は、余計に辛抱ができなくなるのであった。
翌日、ゲンジの君は執念で手紙を書いた。僧都にも協力を要請し、尼君には、
「聞く耳を持っていただけなかったようで、私も尻込みをしてしまいました。この思いを全部、打ち明けられなかったことを無念に思い一筆したためました。何が私をここまでさせるのかを察していただければ幸いです」
と書いた。小さく結んだ紙は恋文なのである。
「面影を今も忘れず山桜 心のすべて置き去りにする
夜風が吹くだけで身悶えるのです」
と一首詠むのも忘れなかった。筆跡は言うまでもなく、そこから放たれるオーラがただ事でない。老人には刺激が強過ぎたみたいだ。「鳥肌が立つわ。何と返事をすればよいものかしら」と尼君は思案に暮れる。
「あの話は旅先でのお戯れかと思いまして、忘れておりました。こうしてお手紙を頂いて返答に窮しています。まだ、お稽古の『なにわづ』も最後まで書けない子供なのです。世迷い事と思われます。それでも、
嵐吹く山の桜が散るまでの心移りに儚さを知る
寄る辺ない関係でございます」
と尼君から返事があった。僧都からも似たようなことを言ってきたので、報われなさに数日後、コレミツを使者に飛ばす。
「少納言のメノトという女いただろう。その人をこちら側に取り込むんだ」
などと念押しする。コレミツは「何というド変態なんだろうか。まだ年端もいかない子供だったというのに」と、わずかに垣間見た少女の姿を思い出して、笑えてきた。
コレミツ朝臣が、手ずからの使者なので僧都は畏まってしまった。少納言のメノトに面会を申し込み、面談がはじまる。ゲンジの君が思い詰めていることや、日々の煩悶を詳細に説明する。饒舌なコレミツが話をでっち上げていると、周囲の人々は「あまりにも子供なのに、いったい何を考えているのかしら」と、気分が悪くなるのだった。ゲンジの君の手紙にも、執念がにじみ出ていて、お決まりの結んだ恋文がある。
「お稽古の文字でさえ、見てみたいのです」
とあり、
手習いの浅香山ならいざ知らず井戸の深さを人は知らない
と一首詠んであった。尼君の返しには、
汲んでみて初めてわかる山の井戸浅いと知っても影だけ映る
とあった。
コレミツが戻り、ゲンジの君に「玉砕しました」と報告する。
「尼君が小康状態になりましたら、都の屋敷に戻りますから、その際に正式に返答します」
とのことなので、ゲンジの君は前途多難だと思うのだった。
(原文)
君はまづ内裏に参りたまひて、日ごろの御物語など聞こえたまふ。いといたう衰へにけりとて、ゆゆしと思しめしたり。聖の尊かりけることなど問はせたまふ。詳しう奏したまへば、
「阿闍梨などにもなるべきものにこそあなれ。行ひの労は積もりて、おほやけにしろしめされざりけること」
と、らうたがりのたまはせけり。大殿参りあひたまひて、
「御迎へにもと思ひたまへつれど、忍びたる御歩きに、いかがと、思ひ憚りてなむ。のどやかに一二日うち休みたまへ」
とて、「やがて御送り仕うまつらむ」と申したまへば、さしも思さねど、ひかされてまかでたまふ。わが御車に乗せたてまつりたまうて、みづからはひき入りて奉れり。もてかしづききこえたまへる御心ばへのあはれなるをぞ、さすがに心苦しく思しける。
殿にも、おはしますらむと心づかひしたまひて、久しく見たまはぬほど、いとど玉の台に磨きしつらひ、よろづをととのへたまへり。女君、例の、はひ隠れてとみにも出でたまはぬを、大臣せちに聞こえたまひて、からうじて渡りたまへり。ただ絵に描きたるものの姫君のやうに、しすゑられて、うちみじろきたまふこともかたく、うるはしうてものしたまへば、思ふこともうちかすめ、山路の物語をも聞こえむ、言ふかひありて、をかしう答へたまはばこそあはれならめ、世には心もとけず、うとく恥づかしきものに思して、年の重なるに添へて、御心の隔てもまさるを、いと苦しく、思はずに、
「時々は世の常なる御気色を見ばや。たへがたうわづらひはべりしをも、いかがとだに問ひたまはぬこそ、めづらしからぬことなれど、なほうらめしう」
と聞こえたまふ。からうじて、
「訪はぬはつらきものにやあらん」
と、後目に見おこせたまへるまみ、いと恥づかしげに、気高ううつくしげなる御容貌なり。
「まれまれは、あさましの御言や。訪はぬなどいふ際は、ことにこそはべるなれ。心うくものたまひなすかな。世とともにはしたなき御もてなしを、もし思しなほるをりもやと、とざまかうざまに試みきこゆるほど、いとど思ほしうとむなめりかし。よしや、命だに」
とて、夜の御座に入りたまひぬ。女君、ふとも入りたまはず。聞こえわづらひたまひて、うち嘆きて臥したまへるも、なま心づきなきにやあらむ、ねぶたげにもてなして、とかう世を思し乱るること多かり。
この若草の生ひ出でむほどのなほゆかしきを、似げないほどと思へりしもことわりぞかし、言ひよりがたきことにもあるかな、いかにかまへて、ただ心やすく迎へ取りて、明け暮れの慰めに見ん、兵部卿宮は、いとあてになまめいたまへれど、にほひやかになどもあらぬを、いかでかの一族におぼえたまふらむ、ひとつ后腹なればにや、など思す。ゆかりいと睦ましきに、いかでか、と深うおぼゆ。
またの日、御文奉れたまへり。僧都にもほのめかしたまふべし。尼上には、
「もて離れたりし御気色のつつましさに、思ひたまふるさまをも、えあらはしはてはべらずなりにしをなむ。かばかり聞こゆるにても、おしなべたらぬ心ざしのほどを御覧じ知らば、いかにうれしう」
などあり。中に小さくひき結びて、
「面影は身をも離れず山ざくら心のかぎりとめて来しかど
夜の間の風もうしろめたくなむ」
などあり。御手などはさるものにて、ただはかなうおしつつみたまへるさまも、さだ過ぎたる御目どもには、目もあやに好ましう見ゆ。あなかたはらいたや、いかが聞こえん、と思しわづらふ。
「ゆくての御ことは、なほざりにも思ひたまへなされしを、ふりはへさせたまへるに、聞こえさせむ方なくなむ。まだ難波津をだにはかばかしうつづけはべらざめれば、かひなくなむ。さても、
嵐吹く尾上の桜散らぬ間を心とめけるほどのはかなさ
いとどうしろめたう」
とあり。僧都の御返りも同じさまなれば、口惜しくて、二三日ありて、惟光をぞ奉れたまふ。
「少納言の乳母といふ人あべし。尋ねて、くはしう語らへ」
などのたまひ知らす。さもかからぬ隈なき御心かな、さばかりいはけなげなりしけはひをと、まほならねども、見しほどを思ひやるもをかし。
わざとかう御文あるを、僧都もかしこまり聞こえたまふ。少納言に消息してあひたり。くはしく、思しのたまふさま、おほかたの御ありさまなど語る。言葉多かる人にて、つきづきしう言ひつづくれど、いとわりなき御ほどを、いかに思すにかと、ゆゆしうなむ誰も誰も思しける。御文にも、いとねむごろに書いたまひて、例の、中に
「かの御放ち書きなむ、なほ見たまへまほしき」
とて、
あさか山あさくも人を思はぬになど山の井のかけはなるらむ
御返し、
汲みそめてくやしと聞きし山の井の浅きながらや影を見るべき
惟光も同じことを聞こゆ。
「このわづらひたまふことよろしくは、このごろ過ぐして、京の殿に渡りたまひてなむ、聞こえさすべき」
とあるを、心もとなう思す。
(註釈)
1 訪はぬはつらきもの
・ことも尽き程はなけれど片時も訪はぬはるらきものにぞありける 「古今六帖」 君をいかで思はん人に忘らせてとはぬはつらきものとしらせん 『奥入所引』
2 命だに
・命だにかなふものならば何かは人を恨みしもせん 『奥入所引』
3 難波津
・古今和歌集仮名序の「難波津に咲くやこの花冬ごもり今を春べと咲くやこの花」(王仁の作と伝えられる)の歌で、次の「浅香山」の歌と同じく、手習いの最初に書く歌
若紫の帖 三 ゲンジの君、若紫の世話を申し込む。病の全快と帰京
(現代語訳)
ゲンジの君は気分がすぐれないのに、雨がぽつぽつと降りはじめ、山風が吹き出した。滝の音も強まってくる。やや眠そうな経を読む声が、こんな場所で、ぼそぼそと聞こえてくるのだから、無神経な人にも悲しみを誘うだろう。ましてや煩悩の多いゲンジの君とあっては、寝付けるはずもないだろう。僧都が「夕方の礼拝」と言っていたが、すでに夜更けのようだ。奥にいる女たちも眠っていないようで、物音を憚っている。それでも、数珠が肘掛け椅子にぶつかる音が小さく聞こえ、ふわりと衣擦れの音が聞こえる。ゲンジの君は、しっとりと聞き、狭い場所なので、外に並んで立っている屏風を少しずらし、扇を「パチン」と鳴らして人を呼んだ。女たちは「何ごとか?」と思うのだが、知らんぷりもできないので、近づく人がいる。すぐに引き返して、「変ね、幻聴かしら」と怪訝に思っているのを聞いて、
「仏の導きは、暗闇でも迷いがありませんよ」
と言うゲンジの君の声が、神々しいほど元気はつらつなので、女は恥ずかしそうな声で、
「誰への導きで手引きをすればよいのか、わかりませんわ」
と困惑している。ゲンジの君は、
「突然のことに混乱されるのは、わかります。
若草の若葉の人を我見たり 旅寝の袖は涙の露か
と伝えてください」
と言うのだった。
「こんな色っぽい言葉がわかる人が、ここには、いないと知っていましょうに。どなたにと」
と女が言うので、ゲンジの君は、
「止むに止まれぬ事情があると理解してください」
などと言うので、女は唖然としたまま、奥へ戻って取り次ぐ。尼君が、
「まあ、ときめいたことを。この姫君が年頃の恋する乙女だとでも思っているのかしら。でも、あの若草の歌を、どうやって知ったのでしょう」
と不審な点が多いのだが、返歌が遅れると失礼だと思って、
「旅寝するひと夜の露の冷たさに苔生す我らを比べなさるな
乾きにくいものですから」
とやり過ごす。ゲンジの君は、
「こんな人づてのやりとりは、初体験なのです。失礼ながら、この機会に真摯にお願いしたいことがあるんです」
と泣きつくのだが、尼君は、
「勘違いなさっているのでしょう。輝く方と交わす言葉もありません。恥ずかしいこと」
と迷惑がる。女官たちが「このままでは、ぞんざいだと思われます」と言うので、
「そうね。若い娘ならば恥ずかしいでしょうが、私ならば。あれほど一途なのも忍びないですから」
と考え直して、ゲンジの君の側に近づくのだった。
「突然の相談を軽薄だと思われても仕方ありませんが、私は本気なのです。神様だけがご存じのことです」
とゲンジの君が言い出したまま赤面し、硬直してしまった。
「本当ですね。こうして相談をお話ししてくださるのですから、浅からぬご縁かと」
と尼君がフォローする。
「可哀想な暮らしている姫君のお話を聞きました。私を亡くなった母上の代わりだと思って頂けませんでしょうか。私も子供の頃、寄り添った母に先立たれて、寂しい少年時代を送ってきました。似たような運命の人がいらっしゃると聞きましたので、身内に入れて頂けないかとお願いしたいのです。こんな機会は滅多にある物ではありませんので、そちらの気持ちも考えずに相談させて頂くのです」
とゲンジの君が告白し出すので、尼君は、
「御言葉を嬉しく思うのですが、勘違いなさっているのではないかと心配しているのです。こんな尼を頼りにしている孫娘がおりますが、まだまだ本当に子供で、目をつむっても見所がありませんので、返答に窮してしまうのです」
と答えるしかなかった。
「すべて承知で無茶なことを相談しているのです。そんな堅苦しいことを言わないで、私の倒錯に心を開いてください」
などとゲンジの君が狂いはじめたのだが、尼君は「どう考えてもかみ合わない年齢だと知らないで無茶を言っている」と思えてしかたなく、思考停止状態に陥った。
そこに僧都がやって来て、
「まあまあ。そこまで相談すれば大丈夫でしょう」
と屏風を立てて遮った。
夜が明けようとしている。お堂では儀式がはじまり、法華経を読む声が、山風に乗って、滝の音と混ざり、神聖な合唱となる。
吹き下ろす深山の風に目が醒めて涙を誘う滝の音かな
と一首詠むゲンジの君に、僧都が、
「かりそめの旅寝を濡らす山水も住める私は心動かず」
もう聴き慣れてしまいました」
と言うのだった。
明るくなっていく空は、霧で視界が奪われている。どこからともなく山鳥がさえずりあっている。名も無き木や草の花たちが百花繚乱に咲き乱れ錦色の絨毯を広げたような場所に、鹿が歩く姿を別世界のように見ていると、ゲンジの君の気分も紛れて元気が出てきた。
聖は老体に鞭打って、ゲンジの君に加持を行う。かすれ声で抜けた歯の隙間から漏れる呪文も徳があり、いかにも正真正銘の風格がある。
都から迎えの人がやって来た。ゲンジの君の快復を喜び、帝からも使者が遣わされた。僧都は、都では見たこともない果物のあれこれを、谷底から取ってきては、接待をした。
「年内は山籠もりの願を掛けていますので、都までお見送りすることができません。今となっては願掛けも悔しく思われます」
と僧都は言い、酒をすすめる。
「山にも水も名残惜しいですが、ミカドが心配していますのが畏れ多くて。
山桜の盛りのうちにまた来ます。
都へと帰って人に伝えよう 風より早く見よ山桜」
とゲンジの君が一首詠む姿や声が、まぶしく光り輝くので、
三千の年経て開く花見れば山の桜も目にも映らず
と僧都は詠まずにいられないのだった。ゲンジの君は微笑みながら、
「三千年に一度だけ咲く花を見るのは不可能なことですよ」
と言う。聖は盃を手にして、
奥山の末の庵の戸を開けて見たこともなき花を見るよう
と泣きながらゲンジの君の顔を見つめるのだった。聖は護身用の両端に刃が付いた鈷杵を贈る。僧都も、それを見て、聖徳太子が百済から取り寄せたというコンゴウジュの実で作った数珠を渡す。昔、百済から送ってきた時のまま、唐風の箱に入れて、五葉の枝に結びつけた。それから、紺色の瑠璃の壺に薬を入れて、藤や桜の枝に結びつけた物など、山里ならではの手土産を揃えて渡す。ゲンジの君は、聖と、読経をした法師へのお布施として、様々な品物を都から取り寄せていた。この山一帯で働く労働者までにも、適当な物を、誦経のお布施として贈って出発する。
僧都は宿舎の奥に入って、ゲンジの君との話を姉の尼君に伝えるのだが、
「何と言われましても、今返事ができる相談ではありません。本当にその気があるのなら、あと四、五年待ってからのことです」
と答える。僧都が「そういうことで」と、全く進展のない返事をするので、ゲンジの君は、がっかりするのだった。手紙には、僧都のもとにいる女の童に托して、
夕暮れにキラリと光る花を見て今朝は霞が足止めをする
とあり、返歌は、
本当に花の近くは去りがたく霞むあなたの空を見ましょう
と上品な達筆なのだが、ぶっきらぼうに書かれている。
ゲンジの君が車に乗り込もうとすると、左大臣の屋敷から、「どこへ行くかも知らせずに、姿を暗ませましたね」と言って、迎えの人々、子供たちが大勢でやって来た。頭中将、左中弁の兄弟、その他の子供たちも、ゲンジの君を慕って、
「こんなお供なら喜んで一緒に行くのに、仲間はずれにされました」
と拗ねている。
「満開の花の下で休憩もせずに直帰するのはつまらないことですよ」
とも言う。岩陰の苔生す上に座って並び、宴会がはじまった。落ちて来る水の流れが気持ちいい滝壺なのだった。頭中将が懐から笛を取り出して澄んだ音を鳴らす。左中弁の君は扇を小さくトントン鳴らして「葛城の寺の前なるや、豊浦の寺の西なるや」と催馬楽を口ずさむ。二人とも人並み外れた貴公子だが、ゲンジの君が気怠そうに岩に寄りかかっている姿は不気味なぐらいに美しく見えるのだった。見る人の視界には輝くゲンジの君の姿しか映らない。いつもの篳篥を吹く家来や、笙の笛を持つ道楽者もいる。僧都は、自分の琴を持ってきて、
「どうせなら一曲これを弾いて、山鳥を驚かせてみせましょう」
と一曲所望する。ゲンジの君は、
「気分が悪いのですが」
と言いながらも、適当に弾き鳴らし一緒に立ち上がった。後ろ髪引かれる思いに、取るに足らない身分の法師や子供たちまでが涙を流し出す。宿舎の奥にいる老いぼれた尼たちは、このような貴公子を見たことがなかったのだから「まるで彼岸からお迎えが来たようです」と浮かれている。僧都も、
「どんな宿命で、こういう美しい人が、汚れた世界に生まれたのだろう。悲しいことだ」
と目頭を押さえる。幼い姫君も、子供心に「素敵な人」と思って見つめている。
「お父様よりもすごい人なのね」
と言うのだった。
「だったら、あの人の子になったら」
と女官に言われると、頷いて、満更でもなさそうだった。それからというもの、彼女は人形遊びをするにも、絵を描くにも「これがゲンジの君」と言って、綺麗な服を着せてお気に入りにしている。
(原文)
君は心地もいとなやましきに、雨すこしうちそそき、山風ひややかに吹きたるに、滝のよどみもまさりて、音高う聞こゆ。すこしねぶたげなる読経の絶え絶えすごく聞こゆるなど、すずろなる人も、所がらものあはれなり。まして思しめぐらすこと多くて、まどろませたまはず。初夜といひしかども、夜もいたう更けにけり。内にも人の寝ぬけはひしるくて、いと忍びたれど、数珠の脇息にひき鳴らさるる音ほの聞こえ、なつかしううちそよめくおとなひ、あてはかなり、と聞きたまひて、ほどもなく近ければ、外に立てわたしたる屏風の中をすこしひき開けて、扇を鳴らしたまへば、おぼえなき心地すべかめれど、聞き知らぬやうにやとて、ゐざり出づる人あなり。すこし退きて、「あやし。ひが耳にや」とたどるを聞きたまひて、
「仏の御しるべは、暗きに入りても、さらに違ふまじかなるものを」
とのたまふ御声の、いと若うあてなるに、うち出でむ声づかひも、恥づかしけれど、
「いかなる方の御しるべにか。おぼつかなく」
と聞こゆ。
「げに、うちつけなり、とおぼめきたまはむもことわりなれど、
はつ草の若葉のうへを見つるより旅寝の袖もつゆぞかわかぬ
と聞こえたまひてむや」
とのたまふ。
「さらにかやうの御消息うけたまはり分くべき人もものしたまはぬさまは、しろしめしたりげなるを、誰にかは」
と聞こゆ。
「おのづから、さるやうありて聞こゆるならん、と思ひなしたまへかし」
とのたまへば、入りて聞こゆ。
「あな、今めかし。この君や世づいたるほどにおはする、とぞ思すらん、さるにては、かの若草を、いかで聞いたまへることぞ」
とさまざまあやしきに、心乱れて、久しうなれば、情なしとて、
「枕ゆふ今宵ばかりの露けさを深山の苔にくらべざらなむ
ひがたうはべるものを」
と聞こえたまふ。
「かうやうの伝なる御消息は、まださらに、聞こえ知らず、ならはぬことになむ。かたじけなくとも、かかるついでにまめまめしう聞こえさすべきことなむ」
と聞こえたまへれば、尼君、
「ひが事聞きたまへるならむ。いと恥づかしき御けはひに、何ごとをかは答へきこえむ」
とのたまへば、「はしたなうもこそ思せ」と人々聞こゆ。
「げに、若やかなる人こそうたてもあらめ。まめやかにのたまふ、かたじけなし」
とて、ゐざり寄りたまへり。
「うちつけに、あさはかなりと御覧ぜられぬべきついでなれど、心にはさもおぼえはべらねば、仏はおのづから」
とて、おとなおとなしう、恥づかしげなるにつつまれて、とみにもえうち出でたまはず。
「げに思ひたまへ寄りがたきついでに、かくまでのたまはせ、聞こえさするも、浅くはいかが」
とのたまふ。
「あはれにうけたまはる御ありさまを、かの過ぎたまひにけむ御かはりに思しないてむや。言ふかひなきほどの齢にて、睦ましかるべき人にも立ちおくれはべりにければ、あやしう浮きたるやうにて、年月をこそ重ねはべれ。同じさまにものしたまふなるを、たぐひになさせたまへ、といと聞こえまほしきを、かかるをりはべりがたくてなむ、思されんところをも憚らず、うち出ではべりぬる」
と聞こえたまへば、
「いとうれしう思ひたまへぬべき御ことながらも、聞こしめしひがめたることなどやはべらん、とつつましうなむ。あやしき身ひとつを、頼もし人にする人なむはべれど、いとまだ言ふかひなきほどにて、御覧じゆるさるる方もはべりがたげなれば、えなむうけたまはりとどめられざりける」
とのたまふ。
「みなおぼつかなからずうけたまはるものを、ところせう思し憚らで、思ひたまへ寄るさまことなる心のほどを御覧ぜよ」
と聞こえたまへど、いと似げなきことをさも知らでのたまふ、と思して、心とけたる御答へもなし。
僧都おはしぬれば、
「よし、かう聞こえそめはべりぬれば、いと頼もしうなむ」
とて、おし立てたまひつ。
暁方になりにければ、法華三味おこなふ堂の懺法の声、山おろしにつきて聞こえくる、いと尊く、滝の音に響きあひたり。
吹き迷ふ深山おろしに夢さめて涙もよほす滝の音かな
「さしぐみに袖ぬらしける山水にすめる心は騒ぎやはする
耳馴れはべりにけりや」
と聞こえたまふ。
明けゆく空は、いといたう霞みて、山の鳥ども、そこはかとなう囀りあひたり。名も知らぬ木草の花どもも、いろいろに散りまじり、錦を敷けると見ゆるに、鹿のたたずみ歩くもめづらしく見たまふに、なやましさも紛れはてぬ。
聖、動きもえせねど、とかうして護身まゐらせたまふ。かれたる声の、いといたうすきひがめるも、あはれに功づきて、陀羅尼読みたり。
御迎への人々参りて、おこたりたまへるよろこび聞こえ、内裏よりも御とぶらひあり。僧都、世に見えぬさまの御くだもの、何くれと、谷の底まで掘り出で、いとなみきこえたまふ。
「今年ばかりの誓ひ深うはべりて、御送りにもえ参りはべるまじきこと。なかなかにも思ひたまへらるべきかな」
と、聞こえたまひて、大御酒まゐりたまふ。
「山水に心とまりはべりぬれど、内裏よりおぼつかながらせたまへるもかしこければなむ。
いまこの花のをり過ぐさず参り来む。
宮人に行きて語らむ山桜風よりさきに来ても見るべく」
とのたまふ御もてなし、声づかひさへ目もあやなるに、
優曇華の花待ち得たる心地して深山桜に目こそうつらね
と聞こえたまへば、ほほ笑みて、
「時ありて一たび開くなるは、かたかなるものを」
とのたまふ。聖、御土器賜はりて、
奥山の松のとぼそをまれにあけてまだ見ぬ花のかほを見るかな
とうち泣きて見たてまつる。聖、御まもりに、独鈷奉る。見たまひて、僧都、聖徳太子の百済より得たまへりける金剛子の数珠の玉の装束したる、やがてその国より入れたる箱の唐めいたるを、透きたる袋に入れて、五葉の枝につけて、紺瑠璃の壼どもに、御薬ども入れて、藤桜などにつけて、所につけたる御贈物ども捧げたてまつりたまふ。君、聖よりはじめ、読経しつる法師の布施ども、まうけの物ども、さまざまに取りに遣はしたりければ、そのわたりの山がつまで、さるべき物ども賜ひ、御誦経などして出でたまふ。
内に僧都入りたまひて、かの聞こえたまひしこと、まねび聞こえたまへど、
「ともかくも、ただ今は聞こえむ方なし。もし御心ざしあらば、いま四五年を過ぐしてこそは、ともかくも」
とのたまへば、「さなむ」と同じさまにのみあるを、本意なし、と思す。御消息、僧都のもとなる小さき童して、
夕まぐれほのかに花の色を見てけさは霞の立ちぞわづらふ
御返し、
まことにや花のあたりは立ちうきとかすむる空のけしきをも見む
とよしある手のいとあてなるを、うち棄て書いたまへり。
御車に奉るほど、大殿より、「いづちともなくておはしましにけること」とて、御迎への人々、君たちなどあまた参りたまへり。頭中将、左中弁、さらぬ君たちも慕ひきこえて、
「かうやうの御供には、仕うまつりはべらむ、と思ひたまふるを、あさましくおくらさせたまへること」
と恨みきこえて、
「いといみじき花の蔭に、しばしもやすらはず、たちかへりはべらむは、あかぬわざかな」
とのたまふ。岩隠れの苔の上に並みゐて、土器まゐる。落ち来る水のさまなど、ゆゑある滝のもとなり。頭中将、懐なりける笛取り出でて、吹きすましたり。弁の君、扇はかなううち鳴らして、「豊浦の寺の西なるや」とうたふ。人よりはことなる君たちを、源氏の君いといたううちなやみて、岩に寄りゐたまへるは、たぐひなくゆゆしき御ありさまにぞ、何ごとにも目移るまじかりける。例の、篳篥吹く随身、笙の笛持たせたるすき者などあり。僧都、琴をみづから持てまゐりて、
「これ、ただ御手ひとつあそばして、同じうは、山の鳥もおどろかしはべらむ」
と、せちに聞こえたまへば、
「乱り心地いとたへがたきものを」
と聞こえたまへど、けにくからず掻き鳴らして、みな立ちたまひぬ。あかず口惜しと、言ふかひなき法師童べも、涙を落しあへり。まして内には、年老いたる尼君たちなど、まださらにかかる人の御ありさまを見ざりつれば、「この世のものともおぼえたまはず」と聞こえあへり。僧都も、
「あはれ、何の契りにて、かかる御さまながら、いとむつかしき日本の末の世に、生まれたまへらむ、と見るに、いとなむ悲しき」
とて、目おし拭ひたまふ。この若君、幼心地に、めでたき人かなと見たまひて、
「宮の御ありさまよりも、まさりたまへるかな」
などのたまふ。
「さらば、かの人の御子になりておはしませよ」
と聞こゆれば、うちうなづきて、いとようありなむ、と思したり。雛遊びにも、絵描いたまふにも、源氏の君と作り出でて、きよらなる衣着せ、かしづきたまふ。
(註釈)
1 仏の御しるべは
・法華経方便品に「従冥入於冥。永不聞佛名」とある。
2 懺法【せむぽふ】
・誦経して贖罪を懺悔する法要。経文の読み方は呉音でも漢音でもなく「妙法蓮華経」は「ぺいはーれんぐわけい」のように読んだ。
3 滝の音
・懺法を読む調子の一つ。これと、水が落ちる「滝」の音が掛けられている。
4 護身
・被甲護身のことで、健康を祈る加持。わらわ病は完治しているので、それとは別の加持を行った。
5 優曇華【うどむげ】
・果実が実るが花が咲かないので、三千に一度開花し、その際に仏が降臨すると信じられた伝説の花。実際は、ヒマラヤ山麓、デカン高原、セイロン島にあり、無花果のようなくぼんだ花托内に花を付けるので、花がないと信じられていた。
6 誦経
・誦経のお布施にする物のこと。
7 扇拍子
・雅楽では笏によって拍子をとる笏拍子というものがあり、この場合は、扇を掌で打ち鳴らして無雑作に拍子を取った。
8 豊浦の寺の西なるや
・催馬楽、葛城の中の句。
9 末の世
・仏教思想の、末法時。仏教の預言の一つであり、仏滅後五百年は、正法時、その後の千年が像法時と呼ばれ、その後一万年が末法時である。『扶桑略記』に、後冷泉帝の永承七年に「此年末法ニ入ル」とあり、紫式部の時代は末法時に近かった。
若紫の帖 二 ゲンジ、若紫を発見する
(現代語訳)
日も長くなった夕暮れ時、ゲンジの君は、退屈なので深い霞にまみれて、あの柴の垣根の近くへ行ってみることにした。取り巻きたちは帰して、コレミツと一緒に覗く。目の前には西向きに仏を鎮座させ祈っている尼がいる。スダレを少し上げて、花を供えているようだ。中央の柱に寄りかかり、肘掛け椅子の上に経文を置き、疲れ切ったように経を読む尼君は、ただ者には見えないのだった。年齢は四十歳ぐらいの色白で、すらっとしているのだが、しなやかな顔立ちだ。綺麗な目を光らせ、尼削ぎに切りそろえられた髪の毛が、長い黒髪よりも、むしろ清々しく見え、ゲンジの君は心を奪われていた。
端正な女官が二人いて、他にも女の童が行ったり来たりして遊んでいる。その中に十歳ぐらいだろうか、白に、山吹の着古しを重ねて、駆けてくる女の子がいた。他にいるたくさんの子供達とは比べものにならない美貌で、大人になったらと思うと心が躍るようなのである。扇を拡げるように髪の毛を揺らし、顔を真っ赤にして泣きべそで立っている。
「あらどうしたの。誰かさんと喧嘩でもしちゃったのかしら」
と尼君が見上げると、何となく顔つきが似ている。ゲンジの君は、親子なのかも知れないと思った。
「イヌキが雀の子を逃がしちゃったの。ちゃんと籠をかぶせておいたのに」
といじけている。近くにいた女官が、
「またあのじゃじゃ馬が、お仕置きされるような悪さをしましたか。困った子ね。どこへ飛んで行ったのかしらね、すっかり可愛くなっていたのに、鴉に見つかったら大変だわ」
と立ち上がる。柔らかく長い髪の持ち主で、まずまずの女のようだ。「少納言のメノト」と呼ばれているので、この子の面倒をみているのだろう。尼君は、
「なにを子供じみたことを。赤ちゃんみたいなことは言わないでちょうだい。婆やが今日、明日といつまでも生きていられないのもわからないで、雀と遊んでいるなんて。生き物を飼うことは悪いことだと、いつも教えているでしょう。あなたの方が困った子よ」
と言い「こっちに来なさい」と呼ぶと、女の子はそこに座った。清楚な顔に伸びた眉毛がきらめいている。子供っぽく撫で上げた髪の額や生え際など、恐ろしい美少女なのだった。ゲンジの君は、大人になっていく姿を想像し、目が釘付けになっている。それは、この少女が、止むに止まぬ愛情で思い続けている藤壺女御にそっくりだからだと気がついた。そして自分が少女に引き寄せられる思いに泣けてきた。尼君が女の子の髪の毛を撫でながら、
「櫛を嫌がるけど、綺麗な髪の毛ね。だけどあなたはまるで子供だから、婆やは心配でなりません。あなたと同じぐらいの歳の子は、もっと大人っぽい子もいますよ。あなたのお母さんが十歳の時に、お父様が亡くなったのですが、もうちゃんと全部知っていたのですから。なのにあなたは、今、婆やが死んでしまったら、どうやって生きていくのかしら」
と号泣する始末なので、ゲンジの君は貰い泣きせずにいられなかった。女の子も、子供心に何かを察知したのか尼君の顔を見つめてうつむいてしまった。少女のこぼれた髪の毛が、夕日を浴びて反射している。
育ち行く姿も知らず若草を残して消える空のない露
と尼君が絶望しながら一首詠む。隣にいた女官も共鳴して泣きながら、
初草の姫の芽吹きも知らないでどうして露が消えるでしょうか
と慰めていると、主人の僧都があちらから来た。
「ここは外から丸見えですよ。今日はどうして、こんなに端にいるのですか。岩の上の聖の所へ、ゲンジの中将がわらわ病の祈祷で来ていると、聞いたばかりなのです。ずいぶんな隠密だそうで、近くにいながら知りませんでしたよ。お見舞いに行けなかったのですから」
と言うので、尼君は、
「あらいやだ。恥ずかしいところを誰かに見られたかも知れません」
とスダレを下ろした。僧都が、
「噂の光るゲンジです。あつらえ向きですから一度、拝んでみたらどうですか。世を捨てた法師の心にも、浮き世の心配事も忘れ、寿命が延びるような輝きですよ。さて、挨拶を差し上げてみよう」
と立ち上がる気配がしたので、ゲンジの君は撤収した。
「目を見張る子供を見てしまった。そうか、だから、この女好きたちが、いつも徘徊して、思いがけない掘り出し物を発掘するのはこういうことだったのか。ちょっと旅に出ただけなのに、こんな番狂わせがあるのだから」とゲンジの君は愉快である。「それにしても、なんて可愛い子供なんだろう。いったいどんな血縁の人なのであろう。あの人の身代わりとして、朝から晩まで見つめて癒されたい」と、またしてもどうしようもないことを思いついたのだった。
ゲンジの君が寝ていると、僧都の弟子が来てコレミツを呼んだ。狭い場所なので、ゲンジの君にも話が聞こえる。
「お越しになっていると、先ほど人づてに聞きましたので、すぐにでもご挨拶に伺うべきでした。私がこの寺に籠もっているのをご存じのはずでしょうから、訪問を隠していらっしゃるので気を揉んでいます。心尽くしとは言いませんが、今夜の宿も私の宿舎に用意するべきでしたのに、残念でございます」
などと言っているのであった。ゲンジの君は、
「今月の十日過ぎからわらわ病の発作をくり返してまいっていました。人に教わりましたので、急いで尋ねてきたのですが、このような人の祈祷の効果がなかったとしたら間抜けですし、名の知れた聖なので沽券にも関わると思いまして隠れていたので。今は、そちらへもお伺い致します」
とコレミツに伝言させた。
間もなくして、僧都が訪問した。法師ではあったが、人格者と呼ばれるだけあり、ゲンジの君は気が引けて、薄汚い格好をしていることを恥ずかしく思うのだった。僧都は、この山籠もり生活の話をし、
「同じような柴の小屋ですが、少し涼しい水の流れをご覧に入れましょう」
としつこく勧められるので、先ほどの自分を見ていない女たちに大袈裟なことを言われていないかと乗り気がしないのだが、可愛かった少女が気になって仕方がないので出かけた。
確かに同じ木や草を特別に配慮して植えてあった。月のない頃なので、庭に流した水に灯りを照らし、灯籠にも火を入れてある。南側の建物は清潔な造りで、どこからともなく香の匂いが漂っている。仏前の香の匂いが充満していて、ゲンジの君の袖を追う風と混ざり合い、建物の奥にいる人たちの心を浮き立たせるのだった。僧都は、世の無常を説き、後世の話を釈義した。ゲンジの君は、自分の背徳に恐怖し、意味のないことに心を奪われ、生きている限り苦しめ続けられるのだろうかと思った。ましてや、「来世の苦悩は計り知れない」と思えば、こんな隠遁生活が羨ましくもなった。しかし、昼間見た少女の面影が心に引っかかり恋しい気持ちが勝った。
「ここに暮らす人たちは何者ですか。夢のお告げで、お尋ねしようと思っていたのです。今日は、夢の手がかりが見つかりそうで」
とゲンジの君は言ってみた。僧都は笑いながら、
「突然夢の話ですか。まあ、お知りになったところでがっかりされるだけでしょう。按察大納言が他界してから、しばらく時間が経ちましたからご存じではないでしょう。その本妻が私の妹でございます。按察大納言の亡き後、世を捨てたのですが、この頃、病を患いまして。私が都にも出ずに籠もっているのをいいことに、ここに住んでいるのですよ」
と答える。ゲンジの君が、
「その大納言には娘がいたと聞いていますが。ふしだらなことを考えて言うのではなく、真面目にお伺いするのですが」
と不真面目に少女のことについて鎌をかけてみると、
「娘が一人だけおりました。死んでからもう十年経ちましたでしょうか。亡き大納言は後宮に仕えさせるつもりで手塩にかけておりました。それも叶わず、大納言は亡くなりましたから、この尼君が一人で育てていたのです。いったい誰の仕業でしょうか、兵部卿宮が忍び通うようになりまして、身分の高い北の方がいる方ですから、精神的苦痛からか朝から晩まで思い詰めて死んでしまったのです。心が病んで、身体も病むというのを間近で見たものでございます」
などと僧都は答えた。ゲンジの君は「ならば、その人の娘なのか」と直感する。兵部卿宮は藤壺女御の兄である。どことなくあの人に似ているのに納得すると、いっそう狂おしくなり世話をしたくなった。気立てが良さそうで、可憐な美しさがあり、生意気に利口ぶってもいない。同棲して自分の思い通りの女に教育してみたいと思った。
「可哀想な話ですね。その方には忘れ形見として遺された人はなかったのでしょうか」
とゲンジの君は、あの少女の境遇を詳しく調査する。
「亡くなる前に女の子が生まれました。余命幾ばくもない尼の身の上で、頭痛の種だと嘆いておりますよ」
と僧都が言うので、ゲンジの君は「それもそうだ」と早合点した。
「警戒されるかもしれませんが、その幼い子の後見人にしていただけるよう、交渉して貰えないでしょうか。考えがあるのです。私も結婚はしていますが、気が向かないというのでしょうか、やもめ暮らしの境遇なのです。まだ、幼子の後見人になるような歳でもないと、普通の男同様に見られて、非常識だとお思いになるでしょうか」
と詰め寄るので、僧都は、
「とても嬉しいお話しですが、まだ本当の子供ですよ。冗談にしても、お相手は無理でしょう。それにしても、女とは人から教育を受けて大人になるのですから、私にはよくわからないですが。あの子の祖母と相談して、ご返答差し上げましょう」
とお茶を濁して、もったいぶった顔をしている。若いゲンジの君は、恥ずかしさに言葉を続けられない。僧都は、
「阿弥陀仏を安置している堂で、勤行をする時間になってしまいました。夕方の礼拝がまだですので、それを済ませてからまた」
と消えていった。
(原文)
日も、いと長きに、つれづれなれば、タ暮のいたう霞みたるにまぎれて、かの小柴垣のほどに立ち出でたまふ。人々は帰したまひて、惟光朝臣とのぞきたまヘば、ただこの西面にしも、持仏すゑたてまつりて行ふ、尼なりけり。簾すこし上げて、花奉るめり。中の柱に寄りゐて、脇息の上に経を置きて、いとなやましげに読みゐたる尼君、ただ人と見えず。四十余ばかりにて、いと白うあてに、痩せたれど、頬つきふくらかに、まみのほど、髪のうつくしげにそがれたる末も、なかなか長きよりもこよなう今めかしきものかな、とあはれに見たまふ。
きよげなる大人二人ばかり、さては童べぞ出で入り遊ぶ。中に、十ばかりにやあらむと見えて、白き衣、山吹などのなれたる着て、走り来たる女子、あまた見えつる子どもに似るべうもあらず、いみじく生ひ先見えてうつくしげなる容貌なり。髪は扇をひろげたるやうにゆらゆらとして、顔はいと赤くすりなして立てり。
「何ごとぞや。童べと腹立ちたまヘるか」
とて、尼君の見上げたるに、すこしおぼえたるところあれば、子なめりと見たまふ。
「雀の子を犬君が逃がしつる。伏籠の中に籠めたりつるものを」
とて、いと口惜しと思ヘり。このゐたる大人、
「例の、心なしの、かかるわざをしてさいなまるるこそ、いと心づきなけれ。いづ方へかまかりぬる。いとをかしうやうやうなりつるものを。烏などもこそ見つくれ」
とて立ちて行く。髪ゆるるかにいと長く、めやすき人なめり。少納言の乳母とこそ人言ふめるは、この子の後見なるべし。尼君、
「いで、あな幼や。言ふかひなうものしたまふかな。おのがかく今日明日におぼゆる命をば、何とも思したらで、雀慕ひたまふほどよ。罪得ることぞと常に聞こゆるを、心憂く」
とて、「こちや」と言ヘば、ついゐたり。頬つきいとらうたげにて、眉のわたりうちけぶり、いはけなくかいやりたる額つき、髪ざし、いみじううつくし。ねびゆかむさまゆかしき人かな、と目とまりたまふ。さるは、限りなう心を尽くしきこゆる人に、いとよう似たてまつれるが、まもらるるなりけり、と思ふにも涙ぞ落つる。尼君、髪をかき撫でつつ、
「梳ることをうるさがりたまヘど、をかしの御髪や。いとはかなうものしたまふこそ、あはれにうしろめたけれ。かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。故姫君は、十ばかりにて殿に後れたまひしほど、いみじうものは思ひ知りたまへりしぞかし。ただ今おのれ見棄てたてまつらば、いかで世におはせむとすらむ」
とて、いみじく泣くを見たまふも、すずろに悲し。幼心地にも、さすがにうちまもりて、伏し目になりてうつぶしたるに、こぼれかかりたる髪、つやつやとめでたう見ゆ。
おひ立たむありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消えんそらなき
またゐたる大人、げにとうち泣きて、
初草のおひゆく末も知らぬ間にいかでか露の消えんとすらむ
と聞こゆるほどに、僧都あなたより来て、
「こなたはあらはにやはべらむ。今日しも端におはしましけるかな。この上の聖の方に、源氏の中将の、瘧病まじなひにものしたまひけるを、ただ今なむ聞きつけはべる。いみじう忍びたまひければ、知りはべらで、ここにはべりながら、御とぶらひにもまでざりける」
とのたまヘば、
「あないみじや。いとあやしきさまを人や見つらむ」
とて、簾下ろしつ。
「この世にののしりたまふ光る源氏、かかるついでに見たてまつりたまはんや。世を棄てたる法師の心地にも、いみじう世の愁ヘ忘れ、齢のぶる人の御ありさまなり。いで御消息聞こえん」
とて立つ音すれば、帰りたまひぬ。
「あはれなる人を見つるかな、かかれば、このすき者どもは、かかる歩きをのみして、よくさるまじき人をも見つくるなりけり、たまさかに立ち出づるだに、かく思ひの外なることを見るよ」と、をかしう思す。「さても、いとうつくしかりつる児かな、何人ならむ、かの人の御かはりに、明け暮れの慰めにも見ばや」と思ふ心深うつきぬ。
うち臥したまヘるに、僧都の御弟子、惟光を呼び出でさす。ほどなき所なれば、君もやがて聞きたまふ。
「よぎりおはしましけるよし、ただ今なむ人申すに、驚きながら、さぶらふべきを、なにがしこの寺に籠りはべりとはしろしめしながら忍びさせたまへるを、愁はしく思ひたまヘてなん。草の御むしろも、この坊にこそまうけはべるべけれ。いと本意なきこと」
と申したまへり。
「去ぬる十余日のほどより、瘧病にわづらひはべるを、たび重なりてたヘがたくはべれば、人の教ヘのままに、にはかに尋ね入りはべりつれど、かやうなる人の、しるしあらはさぬ時、はしたなかるべきも、ただなるよりはいとほしう思ひたまへつつみてなむ、いたう忍びはべりつる。いまそなたにも」
とのたまへり。
すなはち僧都参りたまへり。法師なれど、いと心恥づかしく、人がらもやむごとなく世に思はれたまへる人なれば、かるがるしき御ありさまを、はしたなう思す。かく籠れるほどの御物語など聞こえたまひて、
「同じ柴の庵なれど、すこし涼しき水の流れも御覧ぜさせん」
と、せちに聞こえたまへば、かのまだ見ぬ人々に、ことごとしう言ひ聞かせつるを、つつましう思せど、あはれなりつるありさまもいぶかしくておはしぬ。
げに、いと心ことによしありて、同じ木草をも植ゑなしたまへり。月もなきころなれば、遣水に篝火ともし、燈籠などもまゐりたり。南面いときよげにしつらひたまへり。そらだきものいと心にくくかをり出で、名香の香など匂ひ満ちたるに、君の御追風いとことなれば、内の人々も心づかひすべかめり。僧都、世の常なき御物語、後の世のことなど聞こえ知らせたまふ。わが罪のほど恐ろしう、あぢきなきことに心をしめて、生けるかぎりこれを思ひなやむべきなめり、まして後の世のいみじかるべき、思しつづけて、かうやうなる住まひもせまほしうおぼえたまふものから、昼の面影心にかかりて恋しければ、
「ここにものしたまふは誰にか。尋ねきこえまほしき夢を見たまへしかな。今日なむ思ひあはせつる」
と聞こえたまへば、僧都、うち笑ひて、
「うちつけなる御夢語りにぞはべるなる。尋ねさせたまひても、御心劣りせさせたまひぬべし。故按察大納言は、世になくて久しくなりはべりぬれば、えしろしめさじかし。その北の方なむ、なにがしが妹にはべる。かの按察隠れて後、世を背きてはべるが、このごろわづらふ事はべるにより、かく京にもまかでねば、頼もし所に籠りてものしはべるなり」
と聞こえたまふ。
「かの大納言の御むすめ、ものしたまふと聞きたまへしは。すきずきしき方にはあらで、まめやかに聞こゆるなり」
と、推しあてにのたまへば、
「むすめただ一人はべりし。亡せてこの十余年にやなりはべりぬらん。故大納言、内裏に奉らむなど、かしこういつきはべりしを、その本意のごとくもものしはべらで、過ぎはべりにしかば、ただこの尼君ひとりもてあつかひはべりしほどに、いかなる人のしわざにか、兵部卿宮なむ、忍びて語らひつきたまへりけるを、もとの北の方、やむごとなくなどして、安からぬこと多くて、明け暮れものを思ひてなん、亡くなりはべりにし。もの思ひに病づくものと、目に近く見たまへし」
など申したまふ。「さらば、その子なりけり」、と思しあはせつ。親王の御筋にて、かの人にも通ひきこえたるにやと、いとどあはれに、見まほし。人のほどもあてにをかしう、なかなかのさかしら心なく、うち語らひて心のままに教へ生ほし立てて見ばや、と思す。
「いとあはれにものしたまふことかな。それはとどめたまふ形見もなきか」
と、幼かりつる行く方の、なほたしかに知らまほしくて、問ひたまへば、
「亡くなりはべりしほどにこそはべりしか。それも女にてぞ。それにつけてもの思ひのもよほしになむ、齢の末に思ひたまへ嘆きはべるめる」
と聞こえたまふ。さればよ、と思さる。
「あやしきことなれど、幼き御後見に思すべく聞こえたまひてんや。思ふ心ありて、行きかかづらふ方もはべりながら、世に心のしまぬにやあらん、独り住みにてのみなむ。まだ似げなきほどと、常の人に思しなずらへて、はしたなくや」
などのたまへば、
「いとうれしかるべき仰せ言なるを、まだむげにいはけなきほどにはべるめれば、戯れにても御覧じがたくや。そもそも女人は、人にもてなされて大人にもなりたまふものなれば、くはしくはえとり申さず。かの祖母に語らひはべりて聞こえさせむ」
と、すくよかに言ひて、ものごはきさましたまへれば、若き御心に恥づかしくて、えよくも聞こえたまはず。
「阿弥陀仏ものしたまふ堂に、する事はべるころになむ。初夜いまだ勤めはべらず。
過ぐしてさぶらはむ」
とて、上りたまひぬ。
(註釈)
1 髪のうつくしげにそがれたる
・受戒して尼になると、首から肩までのあたりで断髪をする。「尼そぎ」と呼んだその様子のこと。
2 なれたる着て
・「なる」は着古してクシャクシャになるの意味。
3 髪は扇をひろげたる
・この髪は尖端を揃えて結ばない髪のこと。
4 眉のわたりうちけぶり
・生えたままの眉で手入れをしていない。
5 そらだきもの
・来客時に焚く香。目に付かないところに香炉を置き、どこからともなく匂うように使われる。
6 初夜
・今の午後六時頃から八時頃までの仏道修行のこと。