帚木の帖 三 左馬のカミの女性論(一)

(現代語訳)
 「成り上がり者が偉くなっても、元の血筋が悪ければ世間の人はよく思わないよ。反対に、よっぽどの血筋でもコネクションがなくて、時の流れにさらわれた人だったら、どんなに偉そうにしていても生活は破綻しているね。こんな人たちは中流階級と呼んでよさそうだ。受領という地方の政治家にも細かい階級があってさ、その中流家庭ぐらいから、よさそうな女を探したらいいんだよ。なまじ偉そうな上流階級の人より、偉くなくとも人望と血筋があって、安定した生活をしていればそれでいいんだ。何不自由ない家に生まれて、せせこましい生活をしていないから、キラキラに可愛がられて、ケチのつけようもなく育った娘がごまんといる。後宮に移り住んで、後々ラッキーな思いをする女っていうのは、こんな人たちに多いんだ」

と左馬のカミが言う。ゲンジの君は、

 「結局は金がモノを言うのか」

と笑っている。それを聞いた中将が、

 「つまらんことを。まったく君らしくない」

ときつい目で見る。左馬のカミは続けて、

 「生まれつきの血統と、社会的身分がかね揃った上流家庭に育っても、親のしつけが悪くって嫌な女っていうは論外だけど、どうしてこんな罰当たりになったんだろうって寂しくなっちゃうね。そんな家庭に育てば、たいした女になっても当然で珍しくも何ともないから、今更びっくりもしないよ。上流家庭のてっぺんになっちゃうと、もう僕の手が届く範囲ではないからノーコメント。誰も知らない草のからまった廃屋に、あり得ないような可愛い子が寂しそうに暮らしていたらどうだい。珍しくて仕方ないだろう。父親がでっぷりと暑苦しく、憎たらしい兄貴がいて、つまらなそうな部屋の奥にお上品な娘がいるわけだ。くだらない芸なんかを、ためらいいがちにやりはじめたら、もう不意を突かれてドキドキが止まらなくなるな。完全無欠の女を探し出すのは至難の業だから、こういう女を放っておく手はないよ」

とシキブのほうをじろじろ見る。シキブは「左馬のカミの奴、自分の妹たちが評判だからって、わざとこんな話をしやがる」と、とっさに察して黙っている。ゲンジの君は「上流家庭の女だって、たいした女は滅多にいないさ」と話半分だ。ふわふわと白い着物の上に上着を着て、前ひもを結ばずに肘掛けに寄りかかっている。灯りの影がゲンジの君を美しく照らし、もし彼が女だったら、どんなだろうかと思わせる。この人のためなら、どんな最上級の女をあてがっても物足りないだろう。


(原文)
 「なり上れども、もとよりさるべき筋ならぬは、世人の思へることもさは言へどなほことなり。また、もとはやむごとなき筋なれど、世に経るたづき少なく、時世にうつろひて、おぼえ衰へぬれば、心は心として事足らず、わろびたることども出でくるわざなめれば、とりどりにことわりて、中の品にぞおくべき。受領といひて、人の国のことにかかづらひ営みて、品定まりたる中にも、またきざみきざみありて、中の品のけしうはあらぬ選り出でつべきころほひなり。なまなまの上達部よりも、非参議の四位どもの、世のおぼえ口惜しからず、もとの根ざしいやしからぬ、やすらかに身をもてなしふるまひたる、いとかわらかなりや。家の内に足らぬことなど、はたなかめるままに、省かずまばゆきまでもてかしづけるむすめなどの、おとしめがたく生ひ出づるもあまたあるべし。宮仕に出で立ちて、思ひがけぬ幸ひ取り出づる例ども多かりかし」

など言へば、

 「すべてにぎははしきによるべきなむなり」

とて、笑ひたまふを、

 「他人の言はむやうに心得ず仰せらる」

と、中将憎む。

 「もとの品、時世のおぼえうち合ひ、やむごとなきあたりの、内々のもてなしけはひ後れたらむはさらにも言はず、何をしてかく生ひ出でけむと、言ふかひなくおぼゆべし。うち合ひてすぐれたらむもことわり、これこそはさるべきこととおぼえて、めづらかなることと心も驚くまじ。なにがしが及ぶべきほどならねば、上が上はうちおきはべりぬ。さて世にありと人に知られず、さびしくあばれたらむ葎の門に、思ひの外にらうたげならん人の閉ぢられたらんこそ限りなくめづらしくはおぼえめ、いかで、はたかかりけむと、思ふより違へることなん、あやしく心とまるわざなる。父の年老いものむつかしげにふとりすぎ、兄の顔にくげに、思ひやりことなることなき閨の内に、いといたく思ひあがり、はかなくし出でたることわざもゆゑなからず見えたらむ、片かどにても、いかが思ひの外にをかしからざらむ。すぐれて瑕なき方の選びにこそ及ばざらめ、さる方にて捨てがたきものをば」

とて、式部を見やれば、わが妹どものよろしき聞こえあるを思ひてのたまふにやとや心得らむ、ものも言はず。「いでや、上の品と思ふにだにかたげなる世を」と、君は思すべし。白き御衣どものなよよかなるに、直衣ばかりをしどけなく着なしたまひて、紐などもうち捨てて、添ひ臥したまへる、御灯影いとめでたく、女にて見たてまつらまほし。この御ためには上が上を選り出でても、なほあくまじく見えたまふ。


(注釈)
1 受領
 ・諸国の長官。

2 非参議の四位
 ・「参議」は太政官の職員。大臣や納につぐ住職者。言

3 葎(むぐら)
 ・山道や路上に生えたつる草の総称。「葎の門」は、葎の生い茂った門のことで、転じて荒れ果てた家のことを呼ぶ。