帚木の帖 四 左馬のカミの女性論(二)

(現代語訳)
 「恋人だったら全然問題ないけど、将来の奥さんになる理想の人を見つけ出すんだから、星の数ほどいる女でも、簡単には決められないさ。男の役人が政治を動かすほどの重役になったとしても、本物の政治家なんて見たこと無いだろ。まあ、一人や二人じゃ世界を変えられないんだから、上司は部下に助けられ、部下は上司に従って、気が遠くなるような政治を支え合うしかないんだね。でも、狭い家の中に主婦は一人だけだ。妥協できるわけないよな。帯に短したすきに長しで、ここはオッケーと思っても、あっちが駄目だったり、ちぐはぐなんだよね。これで我慢しておこうって思う女が少しもいないんだ。別に軟派な浮気心で女好きをやっているわけじゃないんだけど、一途に運命の人と死ぬまで一緒にいたいから、わざわざ仕込んだり矯正しなくていい人がいないか選り好みしちゃってなかなか見つけられないよ。運命の人じゃないのに愛し合った縁だけを大切に育んでいる人は優しいよなぁ。相手の女にも魅力があるんだろうけど、世の中の夫婦を見てみると思ったより羨ましくないんだ。ゲンジの君みたく高望みしていたら女なんて一生見つからないぜ。見た目が美人で、しかも若く、ゴミひとつ寄せ付けないような仕草で、おっとりとした言葉をつかって手紙を書いて、墨の色もほんのりと悪くない。相手をじらして、もう一度姿を見たいと思わせるテクニックも持っている。ちょっとだけでも声が聞きたくなって言い寄ってみると、息の根を殺して黙り込む。こういう女は猫をかぶっているからたちが悪い。色っぽい女だと勘違いして、相手の術中にはまった途端に、甘えだすんだ。これが最初につまづく問題だな。一番大切な家事は夫の世話だろ。感受性が強すぎて歌ばかっかり詠んでいる、すかした賢い女っていうのはなんか違うよなぁ。でも、髪を耳に挟んでせっせと働く所帯じみて貧乏くさい女もいやだね。朝の出勤、夕方の帰宅の時に、仕事やプライベートで世間話や、良いこと、悪いこと、見聞きしたことを、心が通ってない人と話したりしないだろ。側にいて、僕のことをわかってくれる人に聞いてもらいたいから、泣き笑いできるんだ。それから、ムシャクシャしている時や、納得できなくてイライラすることが溜まった時に、誰に話しても無駄だって諦めて背中を丸めて思い出し笑いしたり、『ああ』って独り言を漏らしているのに、『どうしちゃったの』なんて阿呆面で見つめてくる女も論外だ。ガキっぽくて何にも知らない女だったら、夫は何とかして教育するんだろうけど、頼りなさそうに見えても、やっぱり教え甲斐があるのかな。一緒にいる時なら、可愛さに免じて許してやっても、離れて暮らしている時の頼み事や、季節の用事の些細な事から大切な事まで、何も考えずに放心しているだけだったら面倒くさそうで困るよね。それとは反対に、いつもはツンツンしている女が、突然、覚醒しだしたりするんだよなぁ」

など、さすがの女たらしも、結論がさっぱりわからず、ため息ひとつ。


(原文)
さまざまの人の上どもを語りあはせつつ、

 「おほかたの世につけてみるには咎なきも、わがものとうち頼むべきを選らんに、多かる中にもえなん思ひ定むまじかりける。男の朝廷に仕うまつり、はかばかしき世のかためとなるべきも、まことの器ものとなるべきを取り出ださむにはかたかるべしかし。されど、かしこしとても、一人二人世の中をまつりごちしるべきならねば、上は下に助けられ、下は上になびきて、事ひろきにゆづらふらん。狭き家の内のあるじとすべき人ひとりを思ひめぐらすに、足らはであしかるべき大事どもなむかたがた多かる。とあればかかり、あふさきるさにて、なのめにさてもありぬべき人の少なきを、すきずきしき心のすさびにて、人のありさまをあまた見合はせむの好みならねど、ひとへに思ひ定むべきよるべとすばかりに、同じくはわが力いりをし、直しひきつくろふべきところなく、心にかなふやうにもやと選りそめつる人の定まりがたきなるべし。かならずしもわが思ふにかなはねど、見そめつる契りばかりを捨てがたく思ひとまる人はものまめやかなりと見え、さてたもたるる女のためも、心にくく推しはからるるなり。されど、なにか、世のありさまを見たまへ集むるままに、心におよばず、いとゆかしきこともなしや。君達の上なき御選びには、まして、いかばかりの人かはたぐひたまはん。容貌きたなげなく、若やかなるほどの、おのがじしは、塵もつかじと身をもてなし、文を書けど、おほどかに言選りをし、墨つきほのかに、こころもとなく思はせつつ、またさやかにも見てしがなと、すべなく待たせ、わづかなる声聞くばかり言ひ寄れど、息の下にひき入れ、言ずくななるが、いとよくもて隠すなりけり。なよびかに女しと見れば、あまり情にひきこめられて、とりなせば、あだめく。これをはじめの難とすべし。事が中に、なのめなるまじき人の後見の方は、もののあはれ知りすぐし、はかなきついでの情あり、をかしきにすすめる方なくてもよかるべしと見えたるに、またまめまめしき筋を立てて、耳はさみがちに、美相なき家刀自の、ひとへにうちとけたる後見ばかりをして、朝夕の出で入りにつけても、おほやけわたくしの人のたたずまひ、よきあしきことの、目にも耳にもとまるありさまを、うとき人にわざとうちまねばんやは、近くて見ん人の聞きわき思ひ知るべからむに、語りもあはせばやと、うちも笑まれ、涙もさしぐみ、もしは、あやなきおほやけ腹立たしく、心ひとつに思ひあまることなど多かるを、何にかは、聞かせむと思へば、うち背かれて、人知れぬ思ひ出で笑ひもせられ、あはれとも、うちひとりごたるるに、何ごとぞなど、あはつかにさし仰ぎゐたらむは、いかがは口惜しからぬ。ただひたぶるに児めきて柔かならむ人を、とかくひきつくろひては、などか見ざらん。こころもとなくとも、直しどころある心地すべし。げに、さし向ひて見むほどは、さても、らうたき方に罪ゆるし見るべきを、立ち離れて、さるべきことをも言ひやり、をりふしにし出でむわざの、あだ事にもまめ事にも、わが心と思ひ得ることなく、深きいたりなからむは、いと口惜しく、頼もしげなき咎やなほ苦しからむ。常はすこしそばそばしく、心づきなき人の、をりふしにつけて出でばえするやうもありかし」

など、隈なきもの言ひも、定めかねて、いたくうち嘆く。


(注釈)

1 世
 ・ここでは「男女の仲」のこと。

2 耳はさみ
 ・女が忙しいときに頭髪を耳に挟んで仕事をすること。身だしなみがなっていないとされる。