帚木

帚木の帖 | HAHAKIGI

主人公、ゲンジ十七歳の夏である。 ■ これまでのあらすじ ミカドから寵愛をうけた桐壺更衣だが、玉のように清らかな御子を出産すると、いじめの心労からか逝去してしまった。この御子が主人公のゲンジである。彼は、この世の人間とは思えぬ美貌の持ち主なだ…

帚木の帖 十五 ゲンジ、また中川へ空蝉に逢いに行く

(現代語訳) ゲンジの君は、いつものように後宮に引きこもっていたが、ちょうどよい方位除けの日を待って、急に思い出したような素振りで、中川の家へ立ち寄った。紀伊のカミは驚いて「庭の水の手柄ですね」などと神妙な顔をして喜んでいる。弟には事前に昼…

帚木の帖 十四 ゲンジ、空蝉の弟をそそのかす

(現代語訳) 左大臣の家に帰っても、ゲンジの君はすぐに寝付けない。「再び逢瀬を重ねる術を知らない自分だけど、それ以上に空蝉の胸中はどんなだろう」などと考えてしまい、煩悶するしかなかった。「至って普通の女であったが、身なりも悪くなく清潔感も漂…

帚木の帖 十三 ゲンジと空蝉のきぬぎぬ

(現代語訳) ニワトリが鳴きだすと朝になった。ゲンジの君の家来たちが起床して「朝寝坊するほどよく寝たな」とか「車を引き出せ」なんて言っている。紀伊のカミも起きたようだ。「女性の家に方位除けに忍び寄ったんじゃないんですから、こんな朝っぱら急が…

帚木の帖 十二 ゲンジの君、空蝉を夜這う

(現代語訳) ゲンジの君は切なくて眠れない。寂しい独り寝は目が冴えるばかりだ。北側の紙の扉の向こうに人の気配がする。「もしかして、あの姫君がいるのだろうか?」と甘い気持ちもあって立ち上がった。全神経を集中して立ち聞きしていると、紀伊のカミが…

帚木の帖 十一 ゲンジの君の方位除け

(現代語訳) 翌朝、やっと雨が上がった。ゲンジの君は、こうまで引きこもっていると左大臣家の人に悪いと思い、後宮を後に訪ねてみる気にもなった。家の様子はさっぱりしている。アオイも垢抜けて、取り乱すこともない。やはりこの人も昨夜の話にあった、放…

帚木の帖 十 左馬のカミのこじつけ

(現代語訳) 「どんな男や女でも中途半端な人間は、少ない知識を総動員しようとするからたちが悪い。三史や五経みたいな歴史書や教養書の研究に没頭しているだけじゃつまらんね。女だからって、世の中の仕組みを全然知らなくても良いとは言わないけどさ。わ…

帚木の帖 九 藤シキブ丞の体験談 (ニンニクを食べる賢い女編)

(現代語訳) 「シキブにも面白い体験があるだろ? 少し話してみろよ」 と中将がせっついた。 「僕は下級階級の下ですよ。君たちを喜ばせる話なんてあるわけないです」 とシキブは辞退するのだが、中将は許さない。「早くしろよ」とせかすので、何を話そうか…

帚木の帖 八 頭中将の体験談 (内気な女、夕顔編)

(現代語訳) 中将が「私も馬鹿な男の話をしよう」と口を開く。 「人知れず愛していた女がいたんだ。可愛らしい人で、きっと長続きはしないと思ってたんだけど、知れば知るほど惹かれるようになった。途切れ途切れにしか逢わなかったけど、女も私を信頼して…

帚木の帖 七 左馬のカミの体験談 (木枯らしの浮気女編)

(現代語訳) 「同じ頃、もうひとり関係があった女がいたんだ。生まれもそこそこで、心遣いもあって、詠む歌、書く文字、鳴らす爪、手の仕草や、話す言葉、みんな合格点が付けられそうだった。見た目も悪くなかったから、さっき話した嫉妬ばかりしている女を…

帚木の帖 六 左馬のカミの体験談 (嫉妬深く指を噛む女編)

(現代語訳) 「もう昔のことだ。僕がまだ下っ端だった頃、恋人がいてね。言ったみたく見た目なんて気にしてなくて、若気の至りだったんだ。運命の人だとは思っていなかったけど妻のつもりで通っていた。満たされなくて浮気ばかりしていたから、彼女が嫉妬し…

帚木の帖 五 左馬のカミの女性論(三)

(現代語訳) 「もう家系なんてどうでもいいや。容姿も我が儘を言うのはやめよう。素直で優しい女が、面倒なへそ曲がりじゃなければ、それが運命の人かもね。おまけに、ロマンチックな心を持っていたら、なお結構。少し物足りなくても我慢しなくちゃ。心の支…

帚木の帖 四 左馬のカミの女性論(二)

(現代語訳) 「恋人だったら全然問題ないけど、将来の奥さんになる理想の人を見つけ出すんだから、星の数ほどいる女でも、簡単には決められないさ。男の役人が政治を動かすほどの重役になったとしても、本物の政治家なんて見たこと無いだろ。まあ、一人や二…

帚木の帖 三 左馬のカミの女性論(一)

(現代語訳) 「成り上がり者が偉くなっても、元の血筋が悪ければ世間の人はよく思わないよ。反対に、よっぽどの血筋でもコネクションがなくて、時の流れにさらわれた人だったら、どんなに偉そうにしていても生活は破綻しているね。こんな人たちは中流階級と…

帚木の帖 二、雨夜の品定め。頭中将の女性階級論。

(現代語訳) 長々と雨が降り続く静寂な夜、後宮を訪ねる人も少なくてゲンジの君の部屋も微睡みかけていた。ゲンジの君が灯りを近くに寄せて読書をしていると、中将が近くの棚にある色とりどりの手紙を引き出して覗きたがる。 「読まれてもよいものなら見せ…

帚木の帖 一、ゲンジの君の性格。頭中将との友情。

(現代語訳) 「光るゲンジ」と名前だけが一人歩きした。出る杭は打たれるのが世の常だが、恥の上塗りをしないよう、細心の注意を払った女たらしぶりまで伝説に仕立て上げ、後世に伝える口軽もいる。しかし、ゲンジの君は常に人目を気にし、神妙な顔で用心し…