帚木の帖 一、ゲンジの君の性格。頭中将との友情。

(現代語訳)
 「光るゲンジ」と名前だけが一人歩きした。出る杭は打たれるのが世の常だが、恥の上塗りをしないよう、細心の注意を払った女たらしぶりまで伝説に仕立て上げ、後世に伝える口軽もいる。しかし、ゲンジの君は常に人目を気にし、神妙な顔で用心していたので、ロマンスの噂は全く立たなかった。あの女たらしの交野少将が見たら一笑に付されるだろう。

 ゲンジの君が近衛中将だった頃は、後宮に引きこもることが多かった。左大臣の御殿には、忘れた頃にふらっと帰るだけだ。「乱れんばかりの恋に落ちたか」と、左大臣家の心配は絶えない。本人は「軽はずみにその場限りの情事を楽しむなんてまっぴら御免だ」と思っているのだが、魔が差して足が自動的に危険な恋の泥沼に滑り込んでしまう性癖があった。「光るゲンジ」と呼ばれる男には相応しくない挙動である。

 晴れ間ない梅雨のある日、ゲンジの君は物忌みのためいつもより長く後宮に留まっていた。左大臣家は、待ち遠しさのあまり恨めしくもなるのだが、それを堪えて、着替えから何まで珍しい物を揃えて届けてやる。左大臣家の若君たちも、せっせとゲンジの君のいる桐壺殿舎に参上し、話し相手になっている。后宮の息子の蔵人少将は、もう中将になっていた。この頭中将は、ゲンジの君の親友である。遊びや悪戯など、誰よりも気を許しあって馴れ馴れしい。頭中将も右大臣家の至れり尽くせりが鬱陶しくて逃げ回っているのだった。この男も、女たらしの遊び人である。左大臣家の自室を綺麗に飾り立てていて、ゲンジの君と一緒にやってくる。日がな勉強や音楽なども一緒で、負けず劣らずの二人である。いつもセットなので、遠慮もなくなり、素直に何も隠すことのない関係になった。


(原文)
 光る源氏、名のみことごとしう、言ひ消たれたまふ咎多かなるに、いとど、かかるすき事どもを末の世にも聞きつたへて、かろびたる名をや流さむと、忍びたまひける隠ろへごとをさへ、語り伝へけむ人のもの言ひさがなさよ。さるは、いといたく世を憚り、まめだちたまひけるほど、なよびかにをかしきことはなくて、交野の少将には、笑はれたまひけむかし。

 まだ中将などにものしたまひし時は、内裏にのみさぶらひようしたまひて、大殿には絶え絶えまかでたまふ。忍ぶの乱れやと疑ひきこゆることもありしかど、さしもあだめき目馴れたるうちつけのすきずきしさなどは好ましからぬ御本性にて、まれにはあながちにひき違へ、心づくしなることを御心に思しとどむる癖なむあやにくにて、さるまじき御ふるまひもうちまじりける。

 長雨晴れ間なきころ、内裏の御物忌さしつづきて、いとど長居さぶらひたまふを、大殿にはおぼつかなくうらめしく思したれど、よろづの御よそひ、何くれとめづらしきさまに調じ出でたまひつつ、御むすこの君たち、ただこの御宿直所に宮仕をつとめたまふ。宮腹の中将は、中に親しく馴れきこえたまひて、遊び戯れをも人よりは心やすくなれなれしくふるまひたり。右大臣のいたはりかしづきたまふ住み処は、この君もいとものうくして、すきがましきあだ人なり。里にても、わが方のしつらひまばゆくして、君の出で入りしたまふにうち連れきこえたまひつつ、夜昼学問をも遊びをももろともにして、をさをさ立ちおくれず、いづくにてもまつはれきこえたまふほどに、おのづからかしこまりもえおかず、心の中に思ふことも隠しあへずなん、睦れきこえたまひける。


(注釈)
1 交野の少将
 ・当時あった物語の主人公の名で、今は現存しないので何のことだかわからない。

2 忍ぶの乱れや
 ・春日野の若紫の摺衣しのぶみだれ限り知らず 在原業平の浮気の歌。 『伊勢物語

3 物忌
 ・神事などのため、一定期間、飲食言行を慎み、身も心も清めて家にこもること。

4 宿直所
 ・桐壺殿舎のこと。

5 宮腹の中将
 ・前出の左大臣の息子、蔵人少将が昇進して蔵人頭になっている。ここでは頭中将【とうのちゅうじょう】と呼ぶ。