夕顔の帖 十三 夕顔の四十九日

(現代語訳) 夕顔の四十九日の法要は人目を憚って、比叡山の法華堂で行われた。簡単な式ではなく、死装束からはじめ、必要な物は全て入念に揃えて経文を唱えさせた。経や仏の飾りも格別である。コレミツの兄の阿闍梨は、徳の高い人なので立派に取り仕切った…

夕顔の帖 十二 空蝉、ゲンジの君を見舞う

(現代語訳) あの伊予のスケの家の小君、空蝉の弟がゲンジの君の所へ参上することはあったが、以前のような伝言はもうない。空蝉は「嫌な女だと思って相手にしなくなったのだわ」と思えば後ろめたかった。そんな折、ゲンジの君の病を聞いて、さすがに溜息が…

夕顔の帖 十一 夕顔の正体

(現代語訳) 九月の二十日を過ぎると、ゲンジの君の病は完治した。すっかりやつれてしまったのだが、それがずいぶんとセクシーなのである。空気ばかり見つめながら、声を出して泣き出すので、その姿を見た女官などは、「化け物に取り憑かれたのかも知れない…

夕顔の帖 十 ゲンジの君、夕顔の亡骸と対面する

(現代語訳) 日が落ちてからコレミツが二条院に来た。かくかくしかじかの触穢があると説明してあり、来る人も庭先で立ったまま用事を済まし、人気が少ない。ゲンジの君はコレミツを呼んで、 「どうだった? 手遅れだったのか?」 と言ったまま袖を顔に押し…

夕顔の帖 九 コレミツ、夕顔の亡骸を処置する

(現代語訳) 真夜中が過ぎたのだろう。風が少し強く吹きはじめた。一層と松の木が響くのが、森の奥から聞こえてくる。妖しい鳥がガラガラと鳴いているのは「梟だろう」と思った。よくよく反省してみると、どこからとも遠い不気味な場所で、人の声もせず、「…

夕顔の帖 八 夕顔、もののけに襲われる

(現代語訳) 空が暗くなってゲンジの君がうとうとしていると、枕元にかなりの美人が座っているのを確認した。 「私はこんなにあんたを愛しているのに、放ったらかしにして、こんなわけのわからない女を連れて入れ込んでいるのが気に入らない」 と金切り声を…

夕顔の帖 七 コレミツの嫉妬

(現代語訳) ゲンジの君は太陽が天辺に昇る頃に目覚めた。格子の扉を跳ね上げる。荒廃した庭には人気がなく見渡しが良い。遠くの古ぼけた雑木林が不気味である。近くの草木も鑑賞に堪えうる物ではなく、秋野の野原が広がっていた。池も水草で覆われていて、…

夕顔の帖 六 ゲンジの君、十五夜に夕顔を連れ去る

(現代語訳) 十五夜の満月の光が隙間だらけの屋根からこぼれ落ち、ゲンジの君には見慣れない住居の様子が珍しくて仕方なかった。やがて夜明け近くになると、隣の家々から目を覚ました貧乏人の声がする。 「ああ、寒い。今年は商売あがったりだ。このままじ…

夕顔の帖 五 コレミツの調査報告

(現代語訳) 一方、コレミツが引き受けた隣邸の偵察だが、ある程度わかったとみえて報告があった。 「正体はさっぱりわかりません。人目を警戒して潜伏しているようですが、退屈のあまり、南側の跳ね上げ扉のある部屋に出てくることがあります。車の音が聞…

夕顔の帖 四 ゲンジの君、六条御息所を訪問する

(現代語訳) 秋になった。自分が悪いに違いないのだが、ゲンジの君は心がモヤモヤすることがたくさんあって、左大臣の御殿にはご無沙汰がちになっていたので、先方は納得できないようだ。六条大路近くの人も、はじめは近寄りがたかったゲンジの君だが、いざ…

夕顔の帖 三 伊予に下る空蝉、心乱れるゲンジの君

(現代語訳) ゲンジの君は、あの空蝉の異常なまでの冷たさを、この世の女ではないように思っていた。無抵抗な女ならば、忸怩たる火遊びをしてしまったと諦めることもできただろう。ゲンジの君は「このまま引き下がれるわけはない」と負け惜しみから、空蝉を…

夕顔の帖 二 コレミツ、お隣を調べる

二 コレミツ、お隣を調べる (現代語訳) 「閑職の地方役人の家だそうです。主人は地方へ単身赴任しているそうで、若い遊び好きな妻がいるようですね。その姉妹たちが後宮に仕えているので出入りしているのだと言ってました。留守番の男でしたので、込み入っ…

夕顔の帖 一 ゲンジの君、病気の乳母を見舞う。夕顔との出会い

(現代語訳) ゲンジの君が六条大路近くの恋人と密会を繰り返していた頃の話である。大弐のメノトが重病で尼になったと聞いたので、後宮から六条への行き掛けに見舞おうと五条を訪ねた。車を入れる門が閉まっているので、家来に命じて大弐のメノトの息子であ…

空蝉の帖 五 ゲンジの君の手紙に煩悶する空蝉

(現代語訳) ゲンジの君は、弟を車の後ろへ乗せて二条院に帰った。昨夜の顛末を物語って、「お前は子供だ」と口を酸っぱくする。空蝉の仕打ちを爪弾きにして、恨み節だ。弟はやりきれず、黙り込むしかなかった。 「こんなに嫌われているんだから、自己嫌悪…

空蝉の帖 四 ゲンジの君、夜明けの退散

(現代語訳) ゲンジの君は、近くに寝ている弟を揺り起こす。弟は、はらはらしながら寝ていたので、すぐに起き上がった。戸をそっと押し開けると、年寄った女官の声がして「あら、どなた?」と大声を張り上げたのだった。弟は「うるせえな」と思いつつ「僕だ…

空蝉の帖 三 空蝉の逃亡。ゲンジの君、軒端の荻を襲う

(現代語訳) 若い軒端の荻は、警戒もせずに「すやすや」と眠っている。その部屋に人の気配と、甘い芳香が広がった。空蝉が顔を持ち上げると、夏服を脱いで吊した仕切りの裂け目に、暗闇にまみれて匍匐しながら近寄ってくる変態の影が浮き彫りになっているの…

空蝉の帖 二 ゲンジの君、空蝉と軒端荻を覗く

(現代語訳) 入ってくるのが子供なので警備員も知らん顔だ。出迎えもしないから余裕で侵入できた。弟はゲンジの君を東側の入り口付近に立たせ、自分は南側の隅の部屋から高らかに戸を叩いて入って行った。室内の女官が「まあ、外から丸見えじゃない」とたし…

空蝉の帖 一 ゲンジの君、煩悶す

(現代語訳) ゲンジの君は寝付けない。 「ここまで女にコケにされたのは初めてだ。今夜は恋愛の厳しさを知ったよ。死にたくなっちゃった」 とぼやくので、弟も泣けてきた。その様子がとても可愛い。ゲンジの君は、弟を手探って撫でてやる。小さく華奢な体と…

帚木の帖 十五 ゲンジ、また中川へ空蝉に逢いに行く

(現代語訳) ゲンジの君は、いつものように後宮に引きこもっていたが、ちょうどよい方位除けの日を待って、急に思い出したような素振りで、中川の家へ立ち寄った。紀伊のカミは驚いて「庭の水の手柄ですね」などと神妙な顔をして喜んでいる。弟には事前に昼…

帚木の帖 十四 ゲンジ、空蝉の弟をそそのかす

(現代語訳) 左大臣の家に帰っても、ゲンジの君はすぐに寝付けない。「再び逢瀬を重ねる術を知らない自分だけど、それ以上に空蝉の胸中はどんなだろう」などと考えてしまい、煩悶するしかなかった。「至って普通の女であったが、身なりも悪くなく清潔感も漂…

帚木の帖 十三 ゲンジと空蝉のきぬぎぬ

(現代語訳) ニワトリが鳴きだすと朝になった。ゲンジの君の家来たちが起床して「朝寝坊するほどよく寝たな」とか「車を引き出せ」なんて言っている。紀伊のカミも起きたようだ。「女性の家に方位除けに忍び寄ったんじゃないんですから、こんな朝っぱら急が…

帚木の帖 十二 ゲンジの君、空蝉を夜這う

(現代語訳) ゲンジの君は切なくて眠れない。寂しい独り寝は目が冴えるばかりだ。北側の紙の扉の向こうに人の気配がする。「もしかして、あの姫君がいるのだろうか?」と甘い気持ちもあって立ち上がった。全神経を集中して立ち聞きしていると、紀伊のカミが…

帚木の帖 十一 ゲンジの君の方位除け

(現代語訳) 翌朝、やっと雨が上がった。ゲンジの君は、こうまで引きこもっていると左大臣家の人に悪いと思い、後宮を後に訪ねてみる気にもなった。家の様子はさっぱりしている。アオイも垢抜けて、取り乱すこともない。やはりこの人も昨夜の話にあった、放…

帚木の帖 十 左馬のカミのこじつけ

(現代語訳) 「どんな男や女でも中途半端な人間は、少ない知識を総動員しようとするからたちが悪い。三史や五経みたいな歴史書や教養書の研究に没頭しているだけじゃつまらんね。女だからって、世の中の仕組みを全然知らなくても良いとは言わないけどさ。わ…

帚木の帖 九 藤シキブ丞の体験談 (ニンニクを食べる賢い女編)

(現代語訳) 「シキブにも面白い体験があるだろ? 少し話してみろよ」 と中将がせっついた。 「僕は下級階級の下ですよ。君たちを喜ばせる話なんてあるわけないです」 とシキブは辞退するのだが、中将は許さない。「早くしろよ」とせかすので、何を話そうか…

帚木の帖 八 頭中将の体験談 (内気な女、夕顔編)

(現代語訳) 中将が「私も馬鹿な男の話をしよう」と口を開く。 「人知れず愛していた女がいたんだ。可愛らしい人で、きっと長続きはしないと思ってたんだけど、知れば知るほど惹かれるようになった。途切れ途切れにしか逢わなかったけど、女も私を信頼して…

帚木の帖 七 左馬のカミの体験談 (木枯らしの浮気女編)

(現代語訳) 「同じ頃、もうひとり関係があった女がいたんだ。生まれもそこそこで、心遣いもあって、詠む歌、書く文字、鳴らす爪、手の仕草や、話す言葉、みんな合格点が付けられそうだった。見た目も悪くなかったから、さっき話した嫉妬ばかりしている女を…

帚木の帖 六 左馬のカミの体験談 (嫉妬深く指を噛む女編)

(現代語訳) 「もう昔のことだ。僕がまだ下っ端だった頃、恋人がいてね。言ったみたく見た目なんて気にしてなくて、若気の至りだったんだ。運命の人だとは思っていなかったけど妻のつもりで通っていた。満たされなくて浮気ばかりしていたから、彼女が嫉妬し…

帚木の帖 五 左馬のカミの女性論(三)

(現代語訳) 「もう家系なんてどうでもいいや。容姿も我が儘を言うのはやめよう。素直で優しい女が、面倒なへそ曲がりじゃなければ、それが運命の人かもね。おまけに、ロマンチックな心を持っていたら、なお結構。少し物足りなくても我慢しなくちゃ。心の支…

帚木の帖 四 左馬のカミの女性論(二)

(現代語訳) 「恋人だったら全然問題ないけど、将来の奥さんになる理想の人を見つけ出すんだから、星の数ほどいる女でも、簡単には決められないさ。男の役人が政治を動かすほどの重役になったとしても、本物の政治家なんて見たこと無いだろ。まあ、一人や二…